由来的な縁起 | ナノ


由来的な縁起


 はじまりは11年前だった。
 7月14日、午前8時31分55秒。
 道端を歩く犬や猫、いつもと変わらない日々を過ごす人間、突然全ての生物が、数分間動きを止めた。いや、心臓が止まっているので「死んだ」と言った方が正しいかもしれない。
 空には白い雲が流れている。捻られた水道からは絶え間無く水が溢れている。人々が身に纏っている服は風に揺れている。誰かに触れられている機械以外は、今も変わらず生き生きと動いている。
 決して時間が止まった訳ではない。生物の方が一時的に死んでいた。

「ふーん、これが……」

 そう呟き、動いているのは、たった一人の少女。全てが止まっている筈なのに、彼女だけが何事もなく道路の真ん中を歩いている。後頭部で束ねられた茶色の髪と、真っ黒なプリーツスカートが風に揺れていた。
 何故彼女だけ動いているのか。生きているのか。それは彼女自身にもわからないが、心当たりがないという訳でもないので、特に驚きはしなかった。自分は今止まっている全ての存在、そのどれにも属さないという事を知っているからだ。なら今も変わらず動いている機械の部類に属すのかというとそういう訳でもない。
 本当は今起きているこの現象も見て見ぬふりをしてしまいたい。関わるのが面倒だからだ。しかし命じられたからには仕方がない。彼女だけがこの数分間を見渡せる唯一の人物である事、そして生まれ持った才能や実力を持っての命令である事を理解していない訳ではない。
 遠くで、静寂を突き破る大きな音が聞こえた。おそらくその音源であろう場所から、空に向かって一筋の光の柱が出来ていた。

「くそ……仕事増やすなよなァ」

 少女はただひたすらに走る。数分後に消えてしまう光の柱を目指して。
 今止まっている生物の心臓は、しばらくすればまた動き出すだろう。そして今日のこの出来事を知らないまま、また変わらない毎日を生きてゆく。
 逆に少女は、今日のこの出来事と一生交わりながら生きてゆく。
 立ち止まったまま動かない人々を避けて進む少女の姿は、まるで水の流れに逆らって泳ぐ魚のようだった。





由縁
ゆ  え  ん
11.04.10

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