アシンメトリー | ナノ


アシンメトリー


 得体の知れない物というのは、日常に絶えず現れる。時と場所を選ばず予想外な登場を果たしたりもする。そしてそれは時に、人々に恐怖を与えるのである。
 だが人々はその恐怖を少し面白がっている。つまらない日常に開いた真っ黒な穴に飛び込み、スリルを求めどこまでも落ちてゆく。私から見ればそんな所だ。そして私はその行動を今だに理解出来ずにいる。

「なんでまだわかんねぇんだよ!」

 まるで私の心の声を読み取ったかのように、少年は声を荒げて私に言った。だが私は何も答えなかった。少年は不機嫌そうに口を尖らせた。
 彼の機嫌を更に損なうとまた面倒な事になりそうなので、私はやはり無視を決め込む。だが一つ言わせて貰う。私は少年に怒鳴られる義理はない。
 確かに私は少年の言った事を理解する事は出来なかった。それは私の理解力が乏しかったせいでもあるのだろう。それは認めよう。
 だが理解出来なかった原因の大部分は間違いなく彼にある。まず、少年の話の中に主語というものが存在しない。それどころか文脈が掴めない。本当に彼は日本人か。片言で話す外国人と会話している方が数倍楽なような気がしてならない。
 しかしいつまでもこんな会話をしていても意味がない。元々彼との会話の中かに目新しさを見つけるのは不可能だと知っていた。知りながらもこの少年に会いに来た私はどうにかしている。

「少年、君の名前は何だ」
「だからそれもさっき言っただろーが! 市原だよ、悠也!」
「市原悠也か」

 この少年、やはり私が捜していた人物そのもので間違いないらしい。
 しかし実に残念だ。やっと見つけ出した途端私はこの少年に興味が沸いてしまった。

「君、私を雇う気はないかい」
「だからさっきから言ってるだろーが! そうやって!」
「そうか、これは失礼」

 失礼だなんて毛ほども感じていないが面倒を起こさない為にはとりあえず詫びる事が大事とはこの世界に来て学んだたった一つのもの。それが人間としてどういう意味をもたらすのかという事は正直どうでもいい。
 さあ今から私、笹川真人は市原悠也の手下だ。

「いや、助かったよ。丁度雇い主を探していたんだ」

 これで私は、三つ目の穴に飛び込んだも同じ事。
 スリルを求め堕ちて行くのは理解出来ないが、飛び込む時の胸の高鳴りは理解出来る。皮肉にも自分で穴を作って飛び込みたいと思うくらいに。

「笹川だろ、お前」
「だったら?」

 やはり何をするにも逃げ道の一つや二つは残しておくものだ。私は当然一つも残していないが。

「1、撃つ。2、全て無かった事にする。3、笹川に電話をかけてみる。4、撃たれる。……さあ、部下に命令を」
「じゃあ1」
「……やはり君は優秀なようで」

 二つ目の穴が消えた音がした。






11.04.10

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