「ふぅっ。これで全部だな」


快斗は買い物を終えて家まで戻ってきた。
随分時間がかかってしまった。
快斗は玄関の扉を開けようとして中に複数の人間の気配を感じ首を傾げた。
この時の快斗は自分の立場を忘れていたのである。
覚えていれば、こんな惨劇は起きなかったかもしれない。


「とうい…ち…?」


昔嗅ぎ慣れた鉄くさい臭いが鼻について快斗は荷物を放り出して部屋へ飛び込んだ。
瞬間、目に赤い水溜まりに倒れ伏す盗一と数人の男たちが目に入った。


「盗一!!」


快斗は周りにいる男たちには構わずに盗一に駆け寄った。
触れてみると、温かくてまだ息もあった。
快斗が助けを呼ぼうと動いたその時、忘れ去っていた男たちが動いた。


「馬鹿な男だ。お前なんて庇うから」

「そこを退け!!」


前に立ちふさがった男たちが快斗の行動を嘲笑う。


「無駄だ。お前もここで死ぬんだからな」


拳銃が火を吹いた。


次の瞬間には、快斗はそこにいなかった。
鈍色の光が空間を走る。


「どこ………」


男たちは最後まで話すこともできず、息絶えた。
この時、快斗は初めて人のために、そして自分のために人を殺した。

『憎しみに囚われてはいけないよ。人を倒すとき、殺すとき憎しみに囚われてはただの犯罪者と同じ。だから、強い心を持ちなさい』

無理だよ、盗一…。
ごめん…。


「盗一っ――!!」


どんなに快斗が揺さぶっても盗一の目が開くことはなく、もう鼓動も止まっていた。
微かに残る温もりが怖くて。
盗一は笑っていた。
銃で蜂の巣のように撃たれたというのに穏やかな表情で…。
こんなことになりたくなかったから家を出ようとしたのに。
こんな結末望んでなかった。


「盗一、やだよ。まだ言ってないんだ」


まだ、ちゃんと呼べてない。
父さんって……。


「とう…さん……と、さん…」


ぼろぼろと涙が零れて頬を伝った。
こんな汚れきった自分に優しくしてくれた…。
たくさんのことを教えてくれた。
ありがとう。
ごめんなさい、守りきれなくて――。







あれから、ずっと闇の世界で生きてきた。
たとえ何があっても彼の想いそして言葉を忘れない。
決行は明日――。
キッドは覚悟を決めた。




新一はキッドに関する情報が全くなくて困っていた。
その末に、昔馴染みの情報屋を訪れて、何か知らないかと聞いた。


「キッド?………いや、今のところ何の情報もねえな」

「何か手がかりになりそうなことなら何でもいいんだ」


新一が手を合わせて頼み込むと、男は別の情報を引っ張り出してきた。
新一にとって、最低最悪の――。


「ああ。アドラスっていう殺し屋なら今日動くらしい」

「…………ぇっ…?」


一瞬、何を言われたのか解らなかった。
じわじわと脳が理解してくると新一は叫んでいた。


「何処だ!何処に奴は来る!?」

「……八丁目の大きな屋敷だよ」


男はただならぬものを感じ、怯えながらもなんとか口を開く。
それを聞いて新一は走り出していた。
その屋敷に向かって――。



銃口を向けられた親子は、怯えて身を竦ませていた。
もう直ぐこの銃に撃たれて死ぬのだろう。
夫も殺された。
せめてこの子だけでも――。


女性は小さな女の子を抱き締めた。
そこに、無情にも銃弾が放たれた。

パ―――――ンッッッ!!!!

弾かれた拳銃に、親子に銃を向けていた男――アドラスはばっと振り返った。
翻る純白――。


「キッド……か…」

「知っていらしたんですか。どうもありがとうございます」


その場の張り詰めた空気に似合わず、微笑を浮かべながら話すキッド。
親子とアドラスの間に入ってこっそり母親に告げた。


「逃げて下さい。私が引きつけている間に。さあ、早く」


キッドの言葉に、女性はまじまじとキッドを見た。
促すような視線に、女性は子供を抱えて逃げ出した。
それに舌打ちして銃を向けるアドラス。
そこに、キッドが放った銃弾が掠めた。


「余所見している余裕があるんですか?」

「……ちっ……まあいい。お前の方が楽しめそうだ」


掠れた血をぺろりと舐めとってアドラスは凄惨に笑った。




新一が急いで駆けつけたとき、親子が中から転がるように出て来てぶつかってしまった。
慌てて立ち上がって女性を助け起こそうとして、新一はその人の服が血まみれなのに気づいて緊張感を高めた。
新一が問いただそうとした瞬間、女性が悲痛な声で言った。


「お願い。あの人を助けて!!」

「あの人……?」


女性の必死な声に新一は内心首を傾げた。
次の叫びですぐに解ったが――。


「白い服を着た男の人よ。私たちを逃がしてくれたの」


新一は呼吸が止まるんじゃないかというくらいの衝撃を受けた。
翻る純白に紫――。


「キッド……?」


新一がぽつりと呟いた。
まさか此処に…。
そこまで浮かんだ時、弱い力で服の袖を引っ張られた。
はっと我に返って視線を移せば、女性の腕の中から少女が顔を出していた。


「ねぇ、あの人もお父さんみたいに死んじゃうの」

「――――死なないよ……」


新一は少女の瞳を見つめてはっきりと言った。
そして、背を向けて屋敷の中に入って行った。




ぴりぴりとした殺気が渦巻く渦中にキッドはいた。
肌に焼き付くようなそんな刺々しい雰囲気。
親子が出て行ってから銃を構えあって膠着状態が続いている。
額から一筋の汗が流れて伝った。
その静寂を破る音が――。


「……キッド!!」


それが合図だった。
ふたり同時に動いて銃を放つ。
今までいた場所を銃弾が通り抜けていった。
その隙にキッドに近づいた新一は、アドラスを見た。
過去の映像と重なる。


「アドラス……ッッ!!」







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