「かいと……快斗……」
「そうか。快斗か。行くところがないなら一緒においで」
優しく手を引いてくれた大きな手が温かくて、嬉しくて。
はじめて感じる人の優しさが胸に染み込んできた。
「……あり、がとう…」
この日から、快斗と盗一の生活が始まった。
ここで過ごした日々は短かったけれど、とても楽しかった。
そう、あの日が来なければ……。
この日も盗一は優しく接してくれた。
たくさんの温かな愛情を注いでくれた。
「快斗。おいで」
抱き締められる温もりを教えてくれた。
最初はぎこちなかったこの動作ももう馴れた。
「なに?」
「たしかに人を殺すのは悪いことだね。でも、生きるために必要だと思ったなら。その時は迷わずやりなさい。快斗の命は快斗自身にしか護れないんだから」
「誰も護ってくれないの?」
快斗が哀しそうに言うと、盗一は違うよと否定した。
誰も護ってくれない哀しい世界だと、快斗には思って欲しくなかったから…。
「勿論私も快斗を守る。でも、守りきれないときもある。だから、その時は自分で守るんだ」
「うん。俺も盗一のこと護るよ!!」
快斗が明るく言い切ったその時、部屋に誰かが侵入してきた。
ぴくりと快斗が反応する。
ガシャンと家具が壊れる音がした。
「ここに、殺し屋の子供がいるな」
「ここには、殺し屋の子供なんていない」
ぴくりと反応した快斗を自分の後ろに隠して男たちと対峙する盗一。
それに嘲笑を浮かべて男たちが言った。
「小賢しい。もう調べはついてるんだ」
「大人しく子供を渡せ。お前も死にたいか」
男たちが銃を乱射した。
家具や調度品が壊れ、床や壁に穴が開く。
それでも盗一は揺るがなかった。
「ここにはいないと言っている」
「黙って聞いていれば」
「なら、お前から死ね!!」
銃口が盗一に向けられる。
逃げ場はなく、せめて快斗だけでもと自分から離そうとする。
パンッと銃声が響いた――。
「ぎゃああぁぁっっっっ――――!!」
次の瞬間、悲鳴を上げて倒れたのは相手の男たちだった。
「快斗!!」
盗一が倒れた男たちの前に立つ、幼い少年を呼んだ。
快斗は男たちが銃を盗一に向けた瞬間に、護身用に持ってたナイフで斬りつけたのである。
そのお陰で盗一が死ぬことはなかった。
また手を汚してしまった。
しかも自分のことで迷惑までかけて。
「……ごめんなさい。おれが、いなければ…」
自分のせいでこうなったのだ。
快斗は追い出されるだろうと身構えた。
すると、温かい感触が体を包んだ。
「快斗。無事でよかった」
盗一はただ快斗の身だけを心配してくれた。
盗一の腕の温かさが痛かった。迷惑ばかりかける俺になんて優しくしないで…。
俺がここにいればまたいつか同じことが起こる。
だから、俺はここにはいない方がいいんだ――。
そう思い詰める快斗を盗一がじっと見ていた。
「どこに行くのかな?」
深夜、こっそり家から抜け出そうとした快斗に声が掛かった。
びくりと肩を竦めて振り向くと、盗一が腕組みして立っていた。
「……ぁっ………」
何を言われるのかとびくびくしていると、盗一は手を伸ばしてきた。
殴られるっと身構えた瞬間に浮遊感を感じた。
「快斗。明日、白いスーツを買いに行こう」
「なん、で……」
抱き上げられた快斗は盗一の腕の中で茫然と聞いた。
何故、そんなに優しくしてくれるのかと――。
「それはね、快斗。私達が家族だからだ。お前のことが大切だからそばにいたいんだ」
「…………か、ぞく?」
快斗が驚いて目を見開くのを盗一は慈しむような顔で見つめた。
愛しい子。
拾った時は身も心もぼろぼろで哀しみしか背負っていなかった。
できることなら、この子を幸せに…。
「そう、私達は家族だ。だから、ここにいなさい、快斗」
盗一の言葉は優しすぎて、胸に染みてまた泣きたくなった快斗は、それを堪えるように盗一にしがみついた。
翌日盗一は本当に白いスーツを買ってくれた。
その時言っていた。
『快斗がたとえ闇に呑まれそうになっても、この白がお前を照らしてくれるように。道を間違えずに歩める導になるように』
嬉しかった。
盗一の自分を思ってくれる心が――。
「快斗」
「なに?盗一」
快斗は盗一に呼ばれて駆け寄った。
その快斗に盗一は意地悪そうな顔をして言った。
「おや?まだ『父さん』とは呼んでくれないのかい?」
「う、うるさい////」
真っ赤になって快斗が言うのに盗一は苦笑して快斗に用事を頼んだ。
「これを買ってきてくれないかい?」
「これ?」
メモを渡された快斗はそれを見て首を傾げた。
それに盗一は苦笑を浮かべて快斗を抱き上げた。
「うわぁっ!?」
「お願いできるかな?」
「わかった。行ってくる」
快斗は盗一の膝の上から飛び降りて玄関に駆け出した。
途中で振り返って快斗が何かを言おうとする。
「と、」
「と?」
「とう…………っ////」
快斗は顔を真っ赤にして、そのまま出て行ってしまった。
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