◇それでもまだ思い出す



放課後−−。


校門の周りがやけに騒がしい。
後ろからついてくる須藤を鬱陶しく思いながら志保は人だかりを見た。
首を傾げて横を通り抜けようとした瞬間、横合いから手を引かれてびっくりした。

「宮野先輩」
「工藤君…」

志保は驚いたように新一を見つめる。
まさか本当に待ってるとは思わなかった。
だって、そうでしょ?
蘭さんはどうしたの?

「一緒に帰るって約束したでしょう?」
「え、えぇ…」

志保は咄嗟に頷いた。
周りがきゃぁきゃぁ騒がしい。
何がそんなに楽しいんだろう?
そこに一番会いたくない人が来た。
今まで会わなかったのが不思議なくらい優しくて温かい人。

「新一、何してるのよ!!」
「蘭…」

ずきりと胸が痛む。
そうだ。
彼は−−工藤君は彼女の何だから。
それなのに、なんで彼の手を望んでしまうんだろう?

「はじめまして、毛利蘭っていいます。あの、あなたが宮野先輩ですか?」
「えぇ…」

志保はポーカーフェイスで頷いた。
本当は会いたくなかった。
優しく笑う彼女の強さや優しさが痛いから。
「新一がいつもお世話になってます」
「別に。世話なんて…」

にこりと笑う蘭の笑顔が眩しい。
やっぱり彼女には笑顔がよく似合う。
早く、早く、彼女に返さなきゃ。
彼女が手に入れる筈だったものを――。

「蘭には関係ないだろ」
「そう…だけど……」

哀しげな表情に胸が痛む。
何故工藤君は気付かないの?
彼女が寂しがってることに。
自分の寂しさに蓋をしてそう思った。

「幼なじみが来たならもう宮野さんはいいだろ?一緒に買い物に行こう」

伸ばされた手に咄嗟に腕を引っ込めた。
これはあの闘い以来身についた志保の癖。
唯一新一だけが除外される。

「行こう、宮野さん」
「…………ぁ…」

この手を取れば彼女は哀しまないのだろうか?
志保が諦めずに腕を差し出したままの須藤に手を伸ばしかけた途端に、また手を取られた。
今度は驚かない。
だって誰だかわかってるから。

「言ったでしょう?僕は宮野先輩に用があるんです。蘭は関係ない」

その途端、哀しそうな彼女の表情が目に焼き付いた。
また哀しませちゃった。
でも、きっと一番醜いのはそれを喜んでる−−新一に呼び止められて喜んでる私。
何でこうなっちゃうんだろう?

「行きましょう。宮野先輩」
「………えぇ」

そうして手を引かれるままに歩いた。
今はまだ何も考えたくない。
そんなことを考えながら――。






手を繋いで歩く。
こんなことないと思ってた。
まるで恋人同士みたい。
何故か付いて来た須藤と置いてきぼりにされて寂しそうだった蘭の顔が頭から離れない。
けれど、そんなこと吹っ飛ぶような出来事があった。

「警部、此処は…」
「ふむ、そうだな」

そんな会話が聞こえてくる。
何故工藤君といると毎回事件に遭遇するのだろう?
けれど、推理をして探偵をしている工藤君は本当に格好いいと思った。
真っ直ぐな瞳をしてる。
本当に強い人。

「宮野さん?」
「…………」

志保の新一を見つめる視線に気付いて須藤は苛ついた。
あんな推理馬鹿のどこがいいんだ。
綺麗な宮野さんには俺のような奴の方が似合う。
そう思った。

「みや…」
「宮野先輩!」
「工藤君…」

なにやら二人して話し込み始めた。
容疑者たちへの聞き込みの成果だろう。
その二人が放つ空気は、誰にも割り込めない雰囲気があった。

「怪しいわね」
「かまかけてみるか…」

新一は呟いて現場に戻った。

「宮野さん」
「何かしら?」

不思議そうに見つめてくる志保の視線に須藤はドキマギした。
大丈夫。
宮野さんは俺を見てくれてる。
自意識過剰な心をヒートアップさせてることにも気付かずに訝しげに首を傾げる。
肩までの髪がさらりと落ちて見ていてドキドキする。

「工藤君は忙しいみたいだし一緒にお茶でも…」
「誰が忙しいって?」

ふと気付くと後ろには新一がいた。
志保はずっと見つめていたから気付いていたが。

「宮野先輩、行きましょう」
「行くって何処へ?」

志保が首を傾げてみせる。
それに新一は微笑して言った。

「何処って買い物?」
「あなた私たちの事情聴取は?」

志保が不思議そうに問いかけると新一はニヤリと笑った。
それに嫌な予感がして新一を食い入るように見つめる。

「後日にしてもらった」
「あなたって…」

本当に馬鹿−−という言葉は口の中に飲み込んで志保はため息を吐いた。
どうせ言っても聞くような人じゃない。
なら、言うだけ無駄だ。

「でも残念だけど博士の夕飯があるわ」
「俺のもよろしく」

にこりと笑って新一は見せつけるように志保を引き寄せた。
さっきから須藤がくっついていて腹が立っていたのだ。
これくらいいいだろう。
それが嫉妬だと気付かずに…。

「仕方ないわね」
「流石宮野先輩!」

須藤が悔しそうな顔をしている。
それを優越感たっぷりに新一は見てた。

「じゃあ買い物して帰りましょう」
「えぇ」

新一はていのいい荷物持ちだった。




それから笑顔で須藤と別れて新一と志保はスーパーへ来た。
夕食の食材を籠に入れていく。
どこの新婚夫婦だとつっこまれそうな様子で買い物をしてから新一と志保は仲良く二人で荷物を持って帰って行った。
それを微笑ましく見守る奥様方。
その中に蘭の姿があったことなどこの時の新一たちが気付くはずもなく、蘭は寂しい想いを募らせていた。

「新一と宮野先輩…」

ぽつりと蘭が呟いた言葉を聞く者はいなく、哀しげな蘭だけがその場にぽつりと残された。
この時蘭が一つの決心を固めたことにまだ誰も気付いていなかった。







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