◇もう戻れないのに
「それより、工藤君は勉強しなくていいの?」
これは純粋な心配からだ。
新一には半年の長期休学がある。
それでたくさんの課題が出されていた筈だ。
それが終わっているのか心配で志保は罪悪感もあって新一を無碍にできない。
「宮野先輩に教えて貰おうと思って。いいでしょう?」
「じゃあそこに座って…」
志保はため息を吐いて促した。
新一は席に着いて勉強を始める。
本当は一人で出来る癖に――。
「宮野さん。今日の放課後予定ある」
「別にないけど。それが?」
「それなら一緒に…」
須藤が口を開こうとした瞬間、図ったかのように新一が口を開いた。
それに志保の意識が新一に向く。
「ここがわからないんですが」
「どこ?」
「この問題ですけど…」
にこにこと笑ってる新一には全く裏が見えない。
だから志保もつい安心してしまう。
あの戦いの日々のように――。
あれから、まだ1ヶ月しか経ってない。
* * * *
「なぁ、灰原…」
「何よ、工藤君。今忙しいの」
秋も更けてきた頃、漸く組織との闘いに終着点が見えてきた。
そんなこんなで忙しく壊滅作戦を進めている。
話す余裕がないほどに。
「別にいいだろ。ちょっとくらい」
「もうちょっとで区切りがつくから待ってて」
哀はコナンにそう返してキーボードに指を滑らせた。
その動きは流れるように速い。
一先ず打ち終わってホッと息を吐き出すと、珈琲を手渡された。
「ほらよ…」
「ありがとう…」
こんな些細なやり取りに心が温まる。
この場所に−−此処に戻って来たいと願う。
「なぁ、灰原」
「何よ…」
鬱陶しそうにじろりと睨み付ければコナンはニヤリと不敵に笑った。
その笑顔に見惚れた。
「ぜってぇ守ってやっから。戻って来ような。この場所に−−」
自信満々な笑顔に哀の表情も綻ぶ。
その自信に満ち溢れた彼の笑顔が大好きだった。
だから、私は……。
「…………」
* * * *
あの時私はなんて答えたんだろう?
そんな思考に沈んでいた瞬間、新一の呼びかけにはっと我に返った。
「宮野先輩?」
「あ、なに…」
「何ってずっと話しかけてるのに気付かないし。どうかしたんですか?」
不思議そうな新一をじっと見つめる。
あの時は本当に頼りになると思っていたのだ。
強大な組織との対決の中で彼だけが唯一の光だった。
思えば私はずっと年下の彼に甘えていたのかもしれない。
無条件に守ってくれる温かい人。
それだけで心の中が温かくなった。
「何でもないわ…」
「それならいいですけど…」
腑に落ちない顔をしてじっと見つめてくる新一に志保は居心地が悪くなって視線を逸らした。
すると須藤が視界に入って来る。
「宮野さん。今日放課後お茶にでも行かない?」
「今日は…」
「宮野先輩は、」
断ろうと口を開いたら新一に遮られた。
それに新一を睨もうとしたらにっこりと笑われた。
「宮野先輩は今日は僕と用事があるので無理です。ね、宮野先輩?」
ここで無理に拒否しても仕方がない。
志保は結局新一の言葉に頷いた。
少しだけ新一が助けてくれたことに嬉しさを感じて。
「じゃあ、今日はもう戻りますね」
「工藤君?」
「放課後、校門で…」
新一はそれだけ言って去っていった。
そんな後ろ姿をじっと見つめる。
こんな言葉で気があるように見せるなんて酷い人。
私には彼しか−−新一しかいないのに。
本当に馬鹿みたい。
待ってるはずない。
「宮野さん」
須藤の言葉も耳に入って来なかった。
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