◇好き、すき、スキ
今日はやけにチョコレートを貰うなとぼんやり考えていたら今日はバレンタインだったことを思い出した。
こんなに食えるかよと呆然と考えていると、蘭が声をかけて来た。
「ねぇ、新一」
「……ん〜?」
気怠げに返事を返すと頭を叩かれた。
漸く視線を上げると蘭が複雑な表情をしていた。
「あのさ」
「何だよ?」
「今日放課後話あるから教室にいて」
蘭の必死な表情に何かを感じて新一は口を開いた。
「ら…」
その時運悪くチャイムが鳴った。
「また後でね」と笑顔で離れていく蘭。
この時本当は気付いてたのかもしれない。
蘭の言おうとしていることが。
この関係が壊れる前兆が−−。
その後、新一はチョコレートをのらりくらりと交わして放課後になった。
何となく聞きたくないが仕方がない。
新一は心を決めて扉を開けた。
「新一…来てくれたんだ」
明らかにホッとした仕草に胸が痛む。
「何だよ、蘭」
意識してさりげなさを装った。
何だかこの空気が居たたまれなくて視線をさり気なく逸らす。
けれど今回は蘭も引いてはくれなかった。
「ねぇ、新一」
「ん…」
「こっち見て」
これが最後だから−−仕方なく視線を蘭に向けるとふわりと微笑まれた。
総てを慈しむような優しい微笑み。
それに新一ははっとした。
「 好きだよ、新一」
時が止まった気がした。
蘭はそのまま動かない。
手に持ったままのチョコレートが哀しく見えた。
「俺もだよ」
「違うよ」
無理矢理微笑もうとしたら蘭に遮られた。
ああ、もう今まで通りではいられないんだって思った。
「私の好きは恋愛感情の好き。ねぇ、新一の好きはどこにあるの?」
「俺は…」
志保の顔が脳裏を過ぎる。
笑顔、泣き顔、怒った顔。
すべてが愛しくて仕方がなかった。
すとんと胸に落ちてきた気持ち。
漸く気付いた。
この想いの正体に−−。
「ら…」
その時、がたりと扉が音を立てた。
はっと振り返るとそこには何故か志保がいて目を見開いていた。
「宮野……」
先に動いたのは志保だった。
振り返って走り去る後ろ姿を新一は暫し呆然と見つめていた。
「………っ新一の馬鹿!」
後ろから殴られて漸く頭が動き出した。
志保に見られたことに戸惑いを隠せない。
どうしたらいいのか悩んでいると、蘭が優しく笑った。
「早く追いかけなさいよ。好きなんでしょう?宮野先輩のこと」
「何でそんなこと…」
わかるんだよと続けようとしたら蘭に遮られた。
「何年幼なじみやってると思ってるの」
その言葉にはっとして蘭を見た。
その気持ちが嬉しくて仕方がない。
「サンキュー、蘭!」
走り出した新一にもう迷いはなかった。
バタバタと走って行く音がする。
それに蘭は哀しげに顔を伏せた。
「………蘭」
そこで今まで何も言わずに見守っていてくれた園子が物影からひょっこり出て来た。
いつもは明るい彼女の表情も些か心配げだ。
「まったく。新一君てばこんないい女振って後悔するんだから!」
「ふふ、そうね…」
少し笑った後、一粒涙が溢れてきた。
ずっと堪えてた想いが溢れ出す。
「園子…」
「泣いてすっきりしちゃいなよ!男は新一君だけじゃないのよ」
明るい園子の声に遂に蘭が泣き出した。
優しく抱き締めてくれる親友の腕を濡らしながら−−。
好きだったの。
大好きだった、新一が。
でも新一の運命の人は私じゃなかったんだね。
暫く泣き続けて落ち着いた蘭は泣きはらした目で園子を見て微笑んだ。
「ありがとう、園子」
「何言ってんのよ。私たち親友でしょ」
くすりと微笑みあって渡しそびれたチョコレートを持て余す。
「とりあえず、失恋パーティーと行きますか!」
「そうね」
楽しげな笑い声が蘭に戻った。
あのとき、あの告白を聞いて私の心は凍りついた。
とうとう彼は彼女の元に戻って行くんだと哀しかった。
バレるだなんて最悪だ。
もう全部終わったんだ。
無心で走っていると、ドンッと誰かにぶつかった。
「ごめ…」
「宮野さん?」
聞き覚えのある声に顔を上げるとそこには須藤が立っていた。
心配げに表情を歪めている。
「どうかしたのかい?」
「………別に」
慌てて誤魔化したが騙されてくれなかった。
「何でもないなら、何で泣いてるの?」
「泣いてなんか…っ」
言葉に詰まって俯く。
泣くな。
初めからわかってたことでしょう。
それでも、抱き締めてくれたあなたに期待してたの。
あなたのことがずっと大好きだったから。
「……宮野さん」
「す、どう…くん…」
ギュッと抱き締められて涙が零れ落ちて来た。
持っていたチョコレートの包みがかさりと音を立てる。
驚いていると、須藤が話しかけて来た。
「ねぇ、僕じゃダメ?」
「え?」
「ずっとそばにいるから」
その言葉に胸がひび割れた。
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