◇小さな勇気



あれから新一が来ない。
教室はいつも通りがやがや騒がしい。
平和だと言ってしまえばそれまでだが何だか落ち着かない。
ただ胸の中にぽっかりと穴が空いている。
私はいつだってそうだ。
大切なものにはなくしてからしか気付けない。
何よりも大切な人だったのに…。

「宮野さん」
「…………」

志保はぼんやりと考え込んでいて美絵が話しかけて来ているのに気付かなかった。

「もう、宮野さん!」
「………ぇ?」

はっと目の前を見ると美絵が腰に手を当てて頬を膨らませていた。
それに内心罪悪感を感じながらも思考は新一しか移さない。

「もう!」
「ごめんなさい…」

俯く志保に何かを感じ取ったのか美絵が黙った。
暫く考え込んでいる美絵に志保は話しかける。

「それで?どうしたの」

今度は美絵が考え込んでいて返事を返さない。
そしてポンッと手を叩いてこう言った。

「バレンタインのチョコ作ろう!」






騒がしい教室の中。
新一が机に突っ伏してボーってしていた。
それを心配そうに見詰める複数の視線。「新一君どうしたのかしら?」
「………うん」

何となく宮野先輩と関係があるんじゃないかとそう思う。
だってここ数日新一は毎日教室にいるから。
前はあんなに宮野先輩のクラスに行ってたのに…。
どういう心境の変化だろう?

「怪しいわね」
「ちょっと、園子」

ふざける園子を蘭が窘める。
本当にふざけてるんだから…。

「冗談よ、冗談」
「ふざけないでよ」

しまったという表情の園子にふわりと笑いかけた。
園子は何も悪くないから。
むしろいつも明るくて元気な園子にいつも元気を貰ってる。
本当に感謝してもしたりないくらいだ。

「そんなことよりさ」
「何?」

急に話題を変えた園子を不思議そうに見詰める蘭。
園子は意味深に笑って告げた。

「今年はバレンタインどうする?」






結局作らされてしまった。
勢いに流されたとも言う。
歩美まで教えてくれとやって来て大変だった。
しかも、なんと美絵は相当な不器用だったのだ。
あんなに下手だとは思わなかった。

「疲れた…」

ことりと机に頭を預ける。目の前には綺麗にラッピングされた美味しそうなチョコレート。
新一に渡せと無理矢理作らされたがどうしたものか。

「渡せるわけないじゃない…」

ぽつりと呟かれた言の葉。
言ってしまった不器用な気持ち。

「あんなこと言っちゃったし…」

歩美は笑顔で新一に渡すのだと話してくれた。
そんな歩美に申し訳なくていつまでも迷う。
そんな時、ふと歩美の言葉を思い出した。
今はいないコナンへのチョコレートを一生懸命作っていた歩美。
渡せないのに何故作るの?と聞いたら笑顔で答えてくれた。

『だって、歩美の気持ち沢山込めたんだもん。渡せなくてもただ作ることに意味があるんだよ!!』

何だか少し勇気を貰えた気がした。
ありがとう。
いつも背中を押してくれるのはあなただった。






鞄に入れたチョコレート。
ちょっぴりむず痒い気がして頬が緩む。
珍しく上機嫌な志保にクラス中が見惚れていた。

「宮野さん♪」
「な、何よ…」

楽しそうにやって来た美絵に思わず後ずさる。
そんな志保ににこりと美絵は爆弾を落とした。
勿論クラス全体が聞き耳を立てていたが。

「工藤君に渡すんでしょ?」
「な、何をよ!」

はぐらかす志保ににっこり笑って美絵は鞄を指差した。
それに顔が真っ赤になる。

「鞄の中にチョコが入ってるんでしょ?」
「べ、別にそんなんじゃ…」

彼方此方さ迷う視線に美絵はからかうのをやめてくすりと笑った。

「宮野さんそんな表情の方がかわいい」
「な……///」
「クールな宮野さんはどこに行ったのかな?」

誤魔化すのを諦めた志保は淡く微笑んで美絵に笑いかけた。

「あなたは?」
「え?」
「誰かに渡すんじゃないの?」

不思議そうに首を傾げる志保に美絵は頷いた。

「うん…」
「頑張ってね」
「宮野さんもね♪」

お茶目に美絵は笑った。







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