◇変わることを恐れた



「ねぇ、次あれ乗ろうよ!」

美絵が指差したのは観覧車だった。
それに志保は笑顔で頷いた。
ちらりと新一を見上げる。

(どうしたのかしら?)

悩んでいるようなそんな雰囲気が伝わってくる。
さっきからずっと思考にのめり込んでいた。

「工藤君?」
「……何ですか?」

少しの間にやっぱりとため息を吐く。
どうしようか悩んでいると。

「ほら、順番!」
「ちょ、ちょっと…!?」
「………ぇ?」

あっという間に美絵に観覧車の中に押し込まれる。
がちゃりと扉がしまった。

「ちょ…」
「宮野先輩?」

不思議そうな新一に仕方なく席につく。
二人きりの空間がこんなに居心地が悪いとは思わなかった。

「なぁ」
「何よ…」

沈黙が辺りを包む。
暫くすると新一が口を開いた。




「お前はさ、俺の何?」
「…………ぇ?」

志保の驚いた表情を真っ向から見詰める。
本当は気付いてた。
これが逃げだってことくらい。
俺は考えることを放棄したんだ。
この関係が変わるのが嫌で。
何て醜い感情だろう。
何て卑怯なんだろう。
ただ俺は宮野が口を開くのを待ってたんだ。
前みたいに。

「私は…」

何故そんなこと聞くの?
関係ないじゃない。
あなたには…。
私があなたをどう思っていようと。

「宮野先輩」

何処か遠くから新一の声が聞こえる。
それに志保は笑顔を作った。
ねぇ、ちゃんと笑えてる?

「あなたと私はただの隣人でしょう?」

それは志保にとって何よりも痛い言葉だった。
俯いた志保を沈黙が包み込んだ。






あの時、なんて声をかければ良かったんだろう。
見ているこっちが痛くなるような笑顔。
それは何よりも新一の胸を突いた。
責めてくれれば良かったんだ。
あんなこと聞いた俺を−−。
考えることを放棄した俺を−−。
なぁ、何でこんなに胸が痛い?

「じゃあ、工藤君」
「宮野………………先輩」

また昔の癖が出て来た。
ずっと呼び捨てだったから未だに慣れない。
あれから一度も口を開かなかった志保が口を開いた。

「今日はありがとう」
「いえ…」

なんて声をかければいいのかわからない。
そんな新一に志保はいつも通り笑った。
寂しげな笑顔−−。

「またね」
「みや…」

呼び止めようとして新一は止まった。
何を言えばいいのだろう。
急にわからなくなった。
ただこのまま帰したくなくて−−。
思わず志保の手を握って手を引いた。
ギュッとギュッと抱き締める。






新学期が始まった。
いつも通りの光景が繰り広げられる。
幼なじみと笑いあって飛んできた蹴りを避けたり。
本当にいつも通りの光景。
あの日の出来事は夢だったみたいだ。

「ちょっと新一!」
「んだよ…」

蘭の声に気怠い声で答える。
あれから何処か空気がぎすぎすしてる。
あまり笑わなくなった志保。
それが心配だった。

「どうしたのよ」
「何が?」
「何だか不安そうな表情してるよ」

どうしたの?と聞いてくる蘭にドキリとする。
何だか、後ろめたくて仕方がない。
どうしたんだろ、俺…。

「何でもねぇよ」
「本当に?」

今日はやけに食い下がる。
漸く顔を上げて蘭の顔を見ると泣き出しそうな不安げな表情をしていた。

「蘭…」
「新一、最近変だよ…」

その言葉の意味が新一にはよくわからなかった。
俺が変?
まさかと思いながら、それでも何故かそれを否定する言葉は出て来なかった。






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