己ヲ忘レル事勿レ。 寄り添い合うように立ってたふたり。 ねぇ?俺のことは嫌いになっちゃったの? わからないよ、黒羽先生――。 己ヲ忘レル事勿レ。 「着いたわよ、工藤君」 車が止まって家の前で降ろされる。相変わらず佐藤刑事は心配そうに新一を見てた。それに無理に笑顔を作って誤魔化す。 大丈夫。忘れろと言い聞かせた。 「ありがとうございます、佐藤刑事」 「工藤君。やっぱり病院に…」 「大丈夫ですから」 新一はきっぱりと拒絶して家へと向かった。佐藤刑事には悪いけど、今病院にまた戻ったら、自分が何をするかわからなかったから。 この気持ちが凄く怖い。ぐちゃぐちゃで、まるで自分が自分じゃなくなっちゃいそうで。黒羽先生――。 助けを求めるかのように部屋の隅で満月に向かって手を伸ばす。 「ねぇ、先生…。あの人は、誰?」 本当はわかってる。俺は、ただ逃げ出しただけだって。 黒羽先生のもう一つの重大な秘密を知ってたって、俺は黒羽先生にとって他人でしかない。あの時、近づいて行って、黒羽先生にこの人が俺の大切な人だって紹介されるのが怖かった。 黒羽先生にとってただの生徒だって思われるのが怖かった。 俺はただ、自分の存在意義を忘れてしまっただけ。俺がいる意味を誰か教えて…。 もう何もわからない。蒼から涙の雫がぽたぽた零れ落ちた。 お題配布元→水葬 戻る |