去年のこの日、わたしは総てを忘れた。
「あなたの名前は?」
そう呟いたわたしに、この小さな少年はびくりと肩を揺らして、動揺に揺れる瞳を隠しながらわたしを見上げた。何となく気付いてた。この子がわたしが初めて対峙した相手のような態度を取ると、凄く怯えてわたしをみること。
わたしは、ただ知りたい。一年前に、何があって総てを忘れてしまったのか。
この子は何か知ってる。わたしの部屋に飾られている写真立ての中にいる青年のことも。そして、あの事件のことも。
妙に大人びていて、わたしを守ろうとする姿が、何かを訴えてきて少し怖い。でも、知らなきゃ何も始まらないから。
だから、聞いてみたい。
「ねぇ、あなたは何者なの?コナンくん」
「僕はただの小学生だよ、蘭姉ちゃん」
「嘘、だって、あなたの瞳はもっと奥まで見透かしてる。まるで、深い海みたいに」
ぴくりと反応した少年に、わたしは笑顔を向けた。わたしは、真実を知りたいのだと伝わるように。
写真の青年は、工藤新一と言ってもう戻って来ないのだとこの少年は言った。それに、わたしの瞳からは涙が溢れて止まらなかった。
不思議でしょう?
何も覚えてない筈なのに、涙が溢れて止まらないの。哀しくて辛くて苦しくて仕方なかった。今もほら、涙が滲んでくる。
「泣かないで、蘭姉ちゃん」
「泣かないよ…」
「僕が守るから。蘭姉ちゃんのことずっと。ずっと、そばにいるよ」
そう何度も励ます少年に、思わず問いたくなった。それは、何の贖罪なのかと。
これは、無力なわたしに対する罰。
思い出すことも出来ず、心に傷を作ってる。この優しい少年の心に。
何も知らないわたしは、また何事もなかったかのように過ごすのだろう。
この真っ白なキャンパスに、綺麗な色を描きながら−−。
今年もまたこの季節が来る
(そうしてまたあなたは)
(傷付いた表情をするんだね)
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