ただ、あなたに伝えたかった。





「蘭…」

「あなたは、」





 よく見知ったその青年の表情に、わたしはことりと首を傾げた。何故だか名前が思い出せない。悩んでいると、青年はにこりと微笑んだ。





「思い出す時が来た。オメーを待ってるやつがいる」

「わたしを…?」

「大丈夫。だから、もうお別れだ…」





 不安気に揺れたわたしの気配を察知した青年は、優しくわたしを抱き締めてくれた。懐かしくてどこか安心する気配。そばにいたい。離れないで。わたしはギュッと青年の服を握り締めた。
 そこで、わたしの意識は途切れた。





「蘭、蘭!」





 眠り続ける彼女に、俺は必死で呼び掛けた。すると、ぴくりと彼女の手が動く。





「……………ん……」

「蘭!?平気か?」





 心配そうに見詰めてくる青年の顔に、それをみたわたしはぽたぽた、と涙の滴を零した。びっくりした青年がわたわたするのに、ここに来る前の出来事を思い出したわたしは、堰を切ったように泣き出した。





「新一、新一。ごめ、なさ……っ」

「蘭?記憶が?」





 呆然と問い掛けて来た青年に、わたしはギュッと、ギュッと抱き付いた。
 ごめんなさい。また記憶をなくして、あなたを困らせて。でも、まだそばに居たいの。好きなの。





「ねぇ、もう一度言って」

「何を?」

「さっきの言葉」





 本当にわからないらしい青年にヒントを出す。すると、合点がいったとばかりに優しい顔でそっと囁いた。





「ただいま、蘭」

「お帰りなさい、新一」





 ずっと、伝えたかった言葉。それは、あなたがずっとそばにいてくれる約束の言葉−−。




もしも世界が一変したら…
(ただいま)
(漸く伝わった二つの心)






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