sweet lips




甘いもの食いてぇな。そんなことを考えていたからか、気付いたら自分の足はコンビニの方向へ向かっていた。
「あれ、番長?偶然ですね」
道端でばったり出会ったのは俺の王子さ…モールスだった。この道で遭遇するなんて、差し詰め彼女もコンビニに向かっているのだろう。
「あぁ、俺はコンビニに向かってたんだが、モールスもか」
「はい!何だか甘いものが食べたくなっちゃって」
なんてこった、まさか同じことを考えていたなんてな。なんだか運命を感じちまうぜ…顔に似合わない台詞が頭の中で飛び交う。そこでひとつ名案が思い浮かんだ。
「おいモールス、今日の予定は?」
「特に、ないですけど」
「甘いもの…食いに行こうぜ」
偶然なのか必然なのかはたまた神様からのプレゼントなのか。いや、善いことは別にしてなかったな。でもそんなことはもうどうでもいい、モールスと甘味処に行くのだから…!
「番長…どうしたんですか?」
おっとしまったしまった、脳内で一人盛り上がってしまったぜ。まだ可能性の段階だ、喜ぶな俺!ニヤけるな俺!
「モールス、何か美味しい所知ってるか?」
俺は桶川恭太郎、緑ヶ丘学園の番長だ。かの番長が甘いものなんて、ファミレスや喫茶店で食べに行けないから、穴場を知るはずもない。
「そうですね〜、パフェなんてどうです?この間クラスの子と行ったんですがそこのパフェが美味しいんですよ!」
パ…パフェ…!あの可愛い容器に、生クリームやアイスクリーム、バナナにさくらんぼ、フルーツのジャムソースをかけた甘ったるいと評判のあのパフェか…!?食ったの…何年前だ…。何か切なさを感じたが気付かなかったことにしよう。
「それでですね、そこの店が期間限定で巨大パフェをやってるらしくてですね〜同時にフェアをやってるらしくって、男女一緒に入店すると安くなるんですって!」
モールス、それは…カップル割というやつじゃないのか…?
モールスは俺の動揺に全く気付かず、うきうきと歩き始めた。



そのパフェの店はそう遠くなく、何気ない会話をしながら向かった。席に着くと、取り敢えず一服と水を手に取るが、可愛い内装の店内に正直戸惑いを隠せないでいた。店の客は女性同士やカップルばかり、ちゃんとカップルに見られているのか…?いや、カップルに見られたいとかそういうこと言ってる訳じゃないんだぜ!?なんで俺、自分に言い訳してるんだ。俺達はもしかして場違いなんじゃないのか。誰に問う訳でもなく自問を繰り返しているとモールスが話かけてきた。
「ば、番長、やっぱりこの店いやでしたか?ちょっと男性は居心地悪いですよね」
少し焦ったように、やっぱ出ますか?まだ間に合いますよ、なんていらない気を遣っている。
「いや…いい、そんなことより腹が減った、モールスの言う巨大パフェとやらを食べようぜ」
「…はい!」
にこにこしながモールスはメニューをめくる。
「ありましたよ!期間限定!夏の甘々ビッグパフェ!カップル割で仲良く、美味しく食べよう!※頼む前にカップル割と言ってね…」
ピンポーン
「えっばばばばば番長!」
「ここでどうこう悩んでも仕方ないだろ、折角来たんだ美味いもん食って帰ろうぜ」
口ではそんなこと言っているが、俺の心臓は聞こえるんじゃないかってほどドキドキしている。
「失礼します、ご注文はお決まりでしょうか」
「えっと、このビッグパフェをカップル割で…以上です」
「ご注文を確認させて頂きます、夏の甘々ビッグパフェのカップル割ひとつで宜しいでしょうか?」
「「…はい」」
ゴクリゴクリと二人して水を飲み干す。残念ながらこの二人にはカップルなんて言葉は全く縁のないものだった。徐々に元の空気に戻り、笑いながら会話しているところにやつは来た…。
「お待たせいたしました、夏の甘々ビッグパフェです」
ゴト、と置かれたそれは巨大の名に恥じないほど巨大だった。くそ、なんてでかいパフェなんだ。確かに名前はビックパフェだったが、そこいらのカップルが完食出来る量なのかよ?これ・・・。
「思ってたよりすごく大きかいです…」
驚きの隠せないのであろうモールスの顔は、好奇心と絶望が入り混じった複雑な顔をしていた。おいおい、やめてくれ。モールスが連れて来たんじゃねぇか。
「なんだよモールス、もう諦めムードか?」
「そんなこと、番長こそ怖じけづいてませんか?」
「食べようぜ、アイスが溶けちまう」
「そうですね」
モールスが、パフェを食べる用のスプーンを手に取り一口すくい、一口。飲み込んで、ぱっと目が輝いたように見えた。
「おいしい!番長、おいしいです!」
ほら早く、そうそそのかされてスプーンを口に運ぶ。
「どうですか・・・?」
「うまいな」
「・・・おいしいですね!」
キラキラしてる。実際はしていないのだけどそう思った。彼女の笑顔が少し赤みがかった俺の頬をまた熱くする。
その後時間をかけて巨大パフェを完食。勘定も済ませ店を後にしたら、もう外も暗くなっていた。二人肩を並べて歩く。
「いやーお腹いっぱいで今夜は晩御飯いらずですねー」
満足です、緩みきった顔がそう語っている。実際かなり食べた筈だ。体重計に乗るのも恐ろしい。
「そうだな、俺も食えねぇ」
お腹が張っている。俺もかなりの大食いだと思っていたが、大好きな甘いものだといっても腹八分目が1番だな。今夜は、風呂上りのアイスは食べるのをやめておこう。
「おいしかったですね、パフェ」
またにこりと笑顔が零れる。
「そうだな」
俺は今笑っているのだろうか。俺は天下の緑ヶ丘の番長、桶川恭太郎。何十人もの子分を引き連れて、目が合えば拳が飛び交う。そんな俺だから、普段は怒ったり、呆れたりばかりで笑うことはあまりない。
「また暇だったら付き合え」
「はい…!」
月明かりが眩しい。



所変わって緑ヶ丘男子寮。
「はーいい湯でしたね!」
風呂に入ったばかりの俺と子分の後藤と河内がタオルを持ちながら廊下を歩いている。
「桶川さん今日のアイスはハー○ンダッツですよ」
河内はどこかろともなく好物のアイスを取り出した。風呂上りはやはりアイスに限る。
「いや、今日はいいわ、パフェ食った」
流石にあんな大きいパフェを食べた後はもう食べなくていいだろう。俺の胃がどうにかなっちまいそうだ。
「パフェ!…一人で食ったんすか!?」
二人はすごい形相だ。
「違えよ!!」



子分に制裁を下し、俺は自分の部屋に向かった。



――――――
桶川さんはアイスとかよく食べてますけど、それは河内や後藤といった特に仲のいい子分の前だけで普段は我慢してるんだろうなと。
おごりと聞けばいつでも真冬がファミレスについてきてくれる。







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