恋したトラジエント



片思いというものはシャチの頃は持ち合わせていなかった感情だ。トラジエント、だから。
まあ、トラジエントじゃなくとも無かった感情だ。

華は月に何度か水族館に来るようになった。個人的に水族館の掃除を手伝いに。
あんな動物園の飼育員をやっているような奴だ、生き物が好きなんだろう。
だが彼女は動物園の飼育員だ、水族館の飼育員ではない。水族館の手伝いなんて動物園側が黙っていないだろう。



「蒼井」
「なんですか?サカマタさん」
華は水槽の中に魚を目で追いかけるのをやめ、こちらに向いた。
「いいのか、ここにいても」
「どういう意味ですか?」
「お前はうちのもんじゃないだろ、動物園の連中に来られてもこちらとしてはでらめんどくせぇだけだ」
そうだ、今度は飼育員が誘拐されたとか言って水族館を壊されたらひとたまりもない。
「大丈夫ですよ」
華はにこにこと笑顔を見せる。
「何でだ」
「だってちゃんと私かここに行く理由がありますから」
「理由?」
「水族館、目茶苦茶にしちゃったから」
「せめてもの、罪滅ぼしのつもりか」
「全く違うと言ったら…、嘘になります…」
「どういう意味だ」
「教えて欲しいんですか?」
「でらくだらない問い掛けだ」
「そうですよね…サカマタさんらしいや…」
華は目線を足元に向ける。
「蒼井」
「はい」
「で、どういう意味だったんだ?」
「…あ」




ギシ、ギシギシと特徴的な音が聞こえる。



「悪いな、邪魔しちまって…」
ドーラクがギシギシさせながらこちらに近付いてくる。
「問題ない、何のようだ」
「ギシシ…サカマタ…仕事だ

「嗚呼、わかった」
「わ、私は大丈夫なのでお仕事頑張って来て下さい!!」
「…言われなくとも」


華を置いてサカマタは急ぎ足て華の目の前から離れていく。
「なあおいサカマタさんよぉ」
「なんだ」
「蒼井のこと気に入ってんのかぁ?ギシシ」
「何故そう思う」
「そりゃ仮にもトラジエントのあんたが、あんな人間の女一人に振り回されてるようにしか俺には見えないからなぁ」
「…は……?」
俺が振り回されてる?
あんな小さな人間のメスにか?
「自覚無かったのかギシシシ」
「俺がか」
「そう、あんたが」
ギシギシギシギシと、でら不愉快だ。
「恋でもしたか?ギシ」




「そうかもな」



「……」
「どうした、冗談だ」
「…ギシシ」





あんたが冗談何て言うとは思えないな…まあ、俺には関係のない話だけどな。


――――――
サカマタが華に恋してしまった話。
サカマタさんは恋していることをしていないかのように嘘をつくのだけど、伊佐奈やドーラクみたいな鋭い方の奴らにはばれる、といい。



因みに華が水族館に来るのも元々は罪滅ぼしだったものがサカマタへの好意に変わってきたため。





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