勇者クレアシオンと呼ばれる彼にとってレンヤと言う存在は癒しとも言えた。
きっかけは些細なこと。彼が倒れていた彼女を助けただけ。魔族と呼ばれているレンヤを。
その時の彼の心情は分からない。気まぐれか。情けか。どちらにしても助けたのだ。

「あ、あの…クレアシオン様!」

魔族とは思えない謙虚なレンヤはパタパタとクレアシオンの元に駆け寄った。愛らしい。
魔族の人形は美麗な者が多いと聞くが、レンヤはごくごく普通の人間の容姿だった。
だけど、1つ1つの行動や仕草が愛らしい。クレアシオンはそう思っていた。

「どうした?レンヤ?」
「あ、えっと…クレアシオン様が良ければ…これ、食べてください!!」

真っ赤な顔で差し出すのは甘い匂いがするお菓子。しかし、ドロドロに甘いわけじゃない。
食欲を誘うようなその匂いの正体はシンプルなクッキーだった。焦げたやつもある。
レンヤは目をぎゅっと閉じて震えている。彼女なりの精一杯の勇気なんだろう。
魔族のくせに本当に謙虚で大人しい。クレアシオンはそんなレンヤに少し癒されながら。

「ありがとう……いただく」

彼女の手の中にある小さなバスケットから1つクッキーを摘む。丸くてシンプルな姿形。
それを食べてみる。クッキー特有のさくっとした感触とほんのり甘い味が広がる。

「あ、あの…どうでしょうか?味見したんですが…初めてなので…あの……」

不安そうに言うレンヤの姿が可愛い。それだけで一生懸命に作ってくれたことが分かった。
クレアシオンは何も答えない。答えない代わりにまたクッキーを手に取って食べる。
それの繰り返し。クレアシオンは2、3枚くらい無言でただクッキーを食べた。

「…クレアシオン様?…あ、あの…?」

困惑した表情でレンヤがクレアシオンのレンヤを言う。だけど、彼は何も答えない。
口に残ったクッキーを食べ終えた彼は指についたクッキーのかすを舐めとる。
その姿はどこか色気があってレンヤは顔を赤くした。彼は何をしてもカッコ良くて困る。
レンヤはぎゅっと小さなバスケットを持つ手に力がこもる。ああ、こんなにも彼が。

「美味しかった、レンヤ」

そう言って髪を撫でるクレアシオン。レンヤの髪はとてもさらさらで気持ちがいい。
撫でられるレンヤも撫でるクレアシオンもどこか幸せそうそうに互いに微笑む。
穏やかな時間が流れる。そう思っていると、クレアシオンはまたクッキーを1つ摘んだ。

「ほら、今度はお前が食べる番だ」
「えぇ?!い、いいですよ!わ、わたしはクレアシオン様に食べていただきたくて」
「一緒に食べた方が美味しいんだよ。ほら……」
「え、わわっ…あむっ!」

放り投げられたクッキーを思わず口でキャッチするレンヤ。その姿に笑うクレアシオン。
これはあと数時間後に世界を救う勇者とその勇者が心から愛していた彼女との話。
未来で彼と彼女が出会うか。それは誰も知られることはない。そう、誰にも知られる。






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