十ニ神鞘のヨルナミと革の戦いには、手出し無用というべきで、カンナギとカナテは見守ることしか出来ずにいた。
そしてヨルナミの属鞘と、革にヨルナミを降してみろ告げたヒルコとヒモロゲも同じように見守っていた。
主であるヨルナミを降せと、そして降せたときには属鞘全員が“一緒に降る”と革に告げたことに、属鞘クンヒラはヒルコに反論の声をあげる。“大王(オオキミ)”は自分たちの主、ヨルナミであると。だが、ヒルコに止められてしまう。
「俺が一番知っているさ、ヨルナミ様が王の器にふさわしいってことはな。ただ―――」
“我々が知っているヨルナミ様”ならな と、付け加える。属鞘の思う心は、以前のヨルナミの戻って欲しいことだった―――。
「――アラタ!後ろだっ!」
ヨルナミから繰り出される水の攻撃に革は、創世で無効化にするしか術はなく決め手となるものがなかった。
前方から来る攻撃をかわしながら、ヒルコの声によって間一髪逃れればヨルナミはヒルコたちが見ていた宮へと水の攻撃を飛ばした。
「己の愚行に恥いるがよい」
苦虫を噛み潰したように、顔を歪めてヨルナミはヒルコへと言葉を放つ。その攻撃と言葉に属鞘たちは固唾を呑んだ。
「あ、…っく……革、」
「コトハ!!」
「おや、彼女の光もどうやら永遠ではないようですね」
「巳束!!」
玉の中の水が顔の位置まで越え、コトハが苦しそうに息を吐く。さらにはコトハの側に、浮かんでいた巳束を纏う光が消え顔を歪めている。
「くっそ、どうすれば」
「“躬呪波(ミズハ)”」
二人へと顔を向けた瞬間、ヨルナミは龍のような水の攻撃を革へと放った。革は、瞬時に創世を構えるが神意の力がフッと消えてしまう。ドンっと勢いよく水が革へと襲い掛かる。
「!!」
「また神意が消えた!?」
「貰った!!」
創世の光が無くなったことにカンナギが反応するが、革はヨルナミの技の中だった。そしてコトハも水を飲み込んでしまい、意識を手放してしまう。
「“時還ノ術”――どうやら、彼女にも効いているようですね。鞘アラタ、彼女と一緒に赤子まで戻り“消滅”へ向かって行きなさい!」
ヒルコやカンナギが「まずい」と口にするが、水の中へと引き込まれるように革と巳束の球体が、ゆっくりと沈んでいく。
空を見上げる属鞘たちは一隻の浮舟が浮かんでいることに気付く。そして、何者かが勢いよく近付いて来ることに。
「おい、あれは何だ!?」
「――顕れたまえ“逐力(オロチ)”」
劍神“逐力”を手にし、黒い闇を纏い門脇はヨルナミの玉依ノ宮へと降り立つ。逐力の力によって邸を崩壊し、木片や瓦礫が飛び散る。門脇は逐力を構えながら「日ノ原――!!」と声を上げた。
だが、目に飛び込んだものは革と巳束が水の中へと吸い込まれていくところだった。
「てめぇ、あいつ等に!巳束に、何しやがった!?」
「“逐力”の鞘か、鞘アラタは眠りにつきました。そしてまどろみの中で、私に降るのです。彼女はそうですね、このまま“消滅”といったところでしょうか」
「なにィ!!」
門脇はそのまま逐力を振りかざし、黒い闇を革と巳束の水の球体へと力を放つがヨルナミの攻撃に弾き飛ばされてしまう。門脇は逐力を肋骨の形状に変化させ、ヨルナミの攻撃を防御するが水は覆い包めてしまう。
「貴方にも、一緒に付き合って貰いましょう」
「何!?」
球体は水の中へと沈んでいき、ヨルナミは不敵な笑みを浮かべながら自分自身も水の中へと入っていってしまう。革と巳束が消えていったように、二人も水の中へと消えていくのだった。
(あれ、何ここ?…え?)
巳束は、先ほどは違う状況に戸惑っていた。
暗い暗い暗闇。体が宙を浮いているようで、とても軽い。感覚がないようだ。ただ、浮いている。
(…………声が聞こえる)
誰、あなた達は誰、どうして泣いているの?
薄暗い暗闇に見えてくるのは森と男の人と女の人――――
そこは見覚えのある森。そう、天和国の神開の森だ。
「ミツカ…、赤子のお前を手放すことを許して」
「いいのか、もう会えなくても」
「この力を封印しても、この力を持つ限り、この子は不幸になる」
「……そうだな」
「ミツカ、これはミチヒノタマよ。大切だと思える人に渡すのよ」
女の人が抱いている赤子に持たせるように、あるものを渡す。それは革に渡したストラップと同じ。そう、見覚えのある“勾玉”の首飾りだった。
「護ってあげられなくて、ごめん。ミツカ、ごめんね」
生きて、どうか、ミツカを護ってくれる人の元へ、そして護りたいと思える人に巡りあえることを。
“―――さようなら”
目の前が場面展開を起こすように、大きく渦を巻いた。
「マカリ様、ダメです。二人とも、もう息が…」
「なぜ、この者たちが…、誰か近くに赤子がいるはずじゃ!赤子を探してくれ………」
倒れている男女の二人に駆け寄るのは、アラタの祖母 マカリの姿だった。無残とも言える惨劇。血の海だった。
離れた場所から、駆け寄ってくるお付きの者が息を上げ、首を横に振る。
「いない?ひょっとして神開の森へ…誰か、キクリ秘女に――」
それは、記憶といえる昔の出来事だった。
“―――っ、戻りなさい”
“――――ミツカの場所へ”
声のする方へと振り返れば、今さっき見た二人の姿がそこにあった。先ほどとは違って、今度は辺り一面が真っ白い。だが、温かい光に包まれているようで心が和らぐ。
言葉とその眼差しで、温かい気持ちに包まれる。きっとこの人たちは、あたしの――
「おとうさんっと、おかあさん……?」
“大きくなったね、ミツカ”
“素敵な女性になったのね、ミツカ”
「――おとうさん!おかあさん!」
育てくれたおじいちゃんに、あたしは何も訊くことが出来なかった。
どんな風に捨てられていたのか。どうして勾玉の首飾りを持っていたのか。なぜ、あたしは捨てられたのか。両親を恨むことはなかったけど、やっぱり憧れは常にあった。それが目の前にある。
“ダメよ、こちら側に来ては……”
「どうして?どうして、ですか………」
目の前の二人は、首を横に振るだけだった。
“あなたの名は?”
「巳束、天海巳束です」
“良い名を付けてもらえたね”
“助けたい人はいるの?”
「います。革を、そして門脇も、あたしは助けたい!!」
“そうか、いるんだね”
“なら、早く行きなさい”
指で差す方向には、強い一筋の光が差し込んでいる。二人の顔に目をやれば、大きく頷かれた。
「――行ってきます。おとうさん、おかあさん」
“行って来い、巳束”
“行ってらっしゃい、巳束”
――きっと、いつか貴女の力が必要な時がくるから
「革、革――、あなたは 今どこに居るの?」
時の中にある真実
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