岩鳶高校、2年1組の教室。ここは遙と真琴の教室。樹は自分の教室じゃない分、少し不思議な感じでいた。そして、教壇の前に立つ凛の姿があることにも。


「――はじめまして、松岡凛と言います。鮫柄学園から来ました。女みたいな名前ですが男です。よろしくお願いし、」


淡々と自分の名を告げた凛。それは凛の転校時を思い出す光景。あのときと同じように、黒板にはでかく“松岡凛”と書かれている。だが、あの頃とは何か違う。


「うーん、なんか違わない?」
「0点!もっとやる気を出してくださいっ」
「怜くんの言う通りだよ。気持ちが入っていない」

知らないものは知りたくなるのが渚。そして怜も同じことだった。
小学校の凛の転校時はどんな風だったのかと話題に上がり、渚が押し切るように凛へ再現する様にと頼み込んだのだ。
側で見ていた樹と真琴も乗り気になり、凛は渋々快諾することになる。各自、好きな席へと座り凛の自己紹介が始まった。席の位置は違うが、小学6年生のときの席は真琴の後ろ。樹は、そのときを懐かしむように真琴の後ろの席に着いた。遙は興味がないといって、自分自身が座る席へと座っている。


「昔の凛はもっとこう、」
「爽やか?」
「そう、そう!」

思い返そうとする真琴に渚が声を掛ければ、真琴の後ろから顔を出して樹が口にする。

「あと可愛さもあったよね!」
「あった、あった」

真琴が顔を樹へと向けて同意すれば、凛が余計なことを言うなというように声を上げる。

「樹、てめぇ!」
「あ〜確かに、スイミングクラブのときのリンちゃんはそうだった!」
「今は面影もありませんね!」

怜の一言で教室内に、クスッと笑みが零れ落ちる。


「うるせぇなぁ!お前らが、やれっつったんだろ?!」


騒がしくなる教室内で、遙は自分の席で欠伸をひとつ零して早く終わらないかと考えていれば廊下から足音が聞こえてくるのに気付く。


「ちょっと、何遊んでるの!」

「もう合同練習、始まりますよ?」


勢いよくドアを開けて顔を出したのは、江と似鳥の二人だ。合同練習が始まることを二人が呼びに来たのだ。


「お兄ちゃんも、ふざけてないで!」

「わぁってるよ!ったく、」

「凛、妹に怒られたらお兄ちゃん失格だよ?」

「樹先輩もですよ!先輩も練習に参加するんですからね。用意とか大丈夫ですか?」

「あ、うん。だいじょう――」

「はっ!?樹、今日お前、泳ぐのか?」

江に投げ掛けられた樹は大丈夫と言おうとするが、凛に言葉を遮られてしまう。自分は聞いていないと言い、樹の座っている席へと詰めようろうとする。その顔は少し焦っている顔だ。

「なんで、凛が微妙な顔をしてんの!?」
「微妙って…鮫柄は男子かいないんだぞ!!」
「そんなの当たり前だよ。男子校なんだから、女子がいたら大変でしょうが!」
「違げぇって!!おい、真琴!いいのか、それで」
「いいのかって、樹ちゃんが参加したいって、言うしね」

なぜか凛は声を荒げて真琴に言い、真琴は座ったまま両手を広げしょうがないよと溜め息を吐く。樹は、二人がそのような態度を取るのか分かっていない。

「ちょ、真琴!人の顔を見て、溜め息吐くって何?」

男子しかいない中で樹の水着姿を見せたくはないが、それを言っても樹は言うことは聞かないだろうと真琴は分かっていた。

「大丈夫。樹ちゃんは俺が護るから」
「なっ!!?」

真琴は、後ろに座る樹の耳元でコソッと呟けば立ち上がる。

「じゃあ、行こうか!」

「前回の、合同練習の雪辱戦です!美しいバッタを見せてあげましょう!」

「言ってくれるじゃねぇか、怜!こっちこそ、見せてやるよ。鮫柄の最高のチームを!」

「じゃあ、勝負してみる?」

怜と凛の言葉に渚が立ち上がり、言葉を投げ掛ければ、凛は遙へと顔を向ける。

「お前らには負けねぇぜ!こっちは世界が目標だ!ほら、ハル何してんだ行くぞ!」

荷物を肩に掛け、一番に飛びだすのは渚。それに続くように怜と真琴が飛びだしていく。
席を立ち上がった遙の姿を見て、樹も自分の荷物を手に持った。樹が廊下へと向かうとすれば、廊下の外で凛が足を止めている。


「樹、プールは怖くないのか」

「怖くない。もう大丈夫だよ。それに、凛たちと泳げる機会はそうそう無いしね」

「……ったく、お前が言えば俺はいつだって一緒に泳いでやるって」

「樹は、凛“たち”と言ったんだからな」


凛と一緒に樹は、昇降口に向かえばいつの間にか遙が横につき歩幅を合わせ会話に入っていた。


「そうだね。樹ちゃんの言葉には凛以外にハル、俺に渚、怜が含まれてるからね」

「真琴?先に行ったんじゃ、」


靴に履き替えれば、遙、凛、樹を待っていたかのように真琴がいる。


「んなことは分かってるよ、ったく!結局、樹は誰が好きなんだ?」

「俺も知りたい。その辺は、はっきりしておかないと」

近寄られて、腕を凛に引っ張られたと思えば真琴が横へと引っ張り自分の方へと引き寄せた。

「…ま、真琴?!」

「もう、待たないから。覚悟しておいてね」

耳元で囁かれるように呟かれる言葉に、顔に熱が帯びて行けば、今度は後ろへと体を引っ張られる。腰に遙の腕が伸び後ろから抱きしめられている状態だ。首筋に遙の髪が当たる。

「そういうことだな」

「は、は、ハルも!!?」

腕から何とか逃げれないかと、体を捩ろうとするが虚しい努力となる。だが、凛の腕が伸びて、遙の腕から解放されることになる。

「ハル!てめぇ!」

「俺だけじゃない、真琴もだろ?」

「そんな、凛が先に訊いたんだろ」

人の上で、話を進められて樹は恥ずかしさで小さくなっていく、穴があったら入りたい気分とはこのことなのかも知れない。

「ハルちゃんたち、早く、早く!」

渡りに助け舟と言わんばかりに、前を走っていた渚と怜が立ち止まり、足が止まってしまっていた遙、真琴、凛、樹を急かすように呼ぶ。

「ほら、真琴!部長が遅いと鮫柄の部長に怒られるよ!それに、凛も江にまた言われてもいいの?」

真琴の背中を押しだせば、真琴は渚と怜を追いかけるように手足を大きく動かし始めた。そして遙、凛、樹も足を進める。
走りながら、樹はふと思い出すことがあった。今、さっき凛が“世界が目標”と言ったことだった。それ遙も同じで、凛へと口に出していた。


「――親父さんの夢、追いかけるんだな」


遙の質問は、小6の凛と別れる前に訊いたこと。あのときは、まだ分からないと言っていたが凛の顔には迷いがなかった。

「いいや!親父の夢じゃねぇ。今は俺の夢だ。そういうお前はどうなんだよ、ハル?」

「俺か…?」

凛の顔を見て、遙も樹も嬉しくなる。凛から同様に問い掛けられた遙は、隣を走る樹へと顔を向けた。
樹も、気になる部分ではあった。みんなと泳げればいい。そう思うが遙も同じだろうかと。遙はそのまま目を細めて、樹に微笑む。



「俺は──、」


その答えは、きっと凛も分かっていた。高く高く広がる空へと声が抜ける。



“starting!”



高校になってからの、2年目の夏は、私たちにとって最高の夏の始まりだった。その思い出が形になって部室に飾られている。

地方大会の試合後の写真―――。

どことなく小6のメドレーリレーと似ているが、それとは違う。凛が遙の肩を組み、真琴の隣に樹がいて、凛の隣には渚と怜がいる。小6のときは恥ずかしさで横を向いていた樹はちゃんと笑っている。
それは、樹や遙、真琴、凛、渚、怜にとって動き出した夏の一枚。


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