遙たちのリレーに興奮冷めやらぬまま、笹部コーチが樹と怜の背中を押しだした。
「ほらっ!お前ら、行って来い!!」
「え?行って来いってどこに?」
「そうですよ?」
その言葉に笹部コーチは親指を立ててプールサイドへと指を振った。そこでプールサイドから聞こえる声に、自分たちが呼ばれていることに気付く。真琴や渚が手を振って降りて来てと言っている。
「怜!樹!降りて来い!!」
自分たちを呼ぶ遙の声に、江や天方先生も急かそうとする。背中を押されながらも樹はあることに気付き、江へと声を掛けた。
「そうだ、江!デジカメ貸してくれる?」
「あ、はい」
受け取った樹は嬉しそうだが、怜は少し不思議そうな顔をしていた。
「あの…樹先輩、デジカメは?」
「これはあとで使うために。さっ、怜くん行こう!みんなのもとに」
光輝く仲間たちのもとへ樹と怜は足を向けるのだった。笑い声で包まれる、温かい場所へ―――。
「はいっ、と言う訳で!感動的な試合を見せてもらったけど、あなたたち失格ね!」
「まっ!当然だな」
閉会式が終わり、会場玄関で天方先生から当たり前だが叱られる。隣に立つ、笹部コーチも苦笑いだ。恩義で、大会最後まで観ていられたが規則違反は違反。
「役員の人に叱られて大変だったんだから。余所の学校の選手とリレーなんて前代未聞だって!」
「「「「すみませんでした!」」」」
目の前にいる遙たちは、天方の言葉を聞き入れ素直に謝った。そして、江の隣にいた樹は真琴の横につき体を反転させた。
「樹先輩?」
「私も、みんなと同じです。……だからすみませんでした!」
四人と一緒に、頭を下げる樹を見て天方先生は溜め息を漏らす。
「はぁ。…でもまぁ、いいわっ!無茶と無謀は若者の特権だし!」
「なんで、あんな無茶やったんだよ?」
「それは…、決まっています!」
笹部コーチの言葉に、怜は遙たちに顔を向けた。答えは決まっている。
「うん!チームは違っても、」
「俺たちは、」
「仲間だから」
「最高な。ね!」
渚の言葉に真琴、遙、樹が続ける。リレーと同じように言葉を紡いで、繋げた。その言葉の意味を知る遙たちの顔には、笑みが零れていた。
「――すみませんでした!」
頭を下げた凛の前には、腕を組んだ御子柴と一歩後ろに似鳥がいた。その後ろには御子柴たちを待つ、鮫柄水泳部の部員たちがいる。
「勝手なことをした責任は取ります。退部させてくださいっ、」
「松岡先輩…、」
何も言わない御子柴と、退部と告げた凛に似鳥は動揺してしまう。凛は御子柴の後ろにいる似鳥へと視線を送る。
「似鳥…、さっきは悪かったな」
「そんな、いいんですっ!それより先輩、退部なんて――」
「許さんっ!!」
詫びようとする凛へと似鳥は首を振り、それよりも、と告げようとすれば御子柴の太い声が上がる。似鳥は、その声に肩を揺らしてしまう。
「お前には別の形で責任を取ってもらう」
退部とは違う形。それは何があるというのだろうか。凛はその言葉に覚悟を決め、息を飲んだ。
「さっきの泳ぎ、今度はうちのチームで見せてみろ」
告げたあと、御子柴はニッと口角を上げて笑ってみせる。
「部長っ」
まともに泳げなかったこと、他校で泳いだことで少なからず、迷惑を掛けたことに違いない。凛はその寛大さに、鮫柄水泳部部長の背中の大きさを感じ取った。自分はまだ泳げることに感謝して。それは似鳥も同じだった。
「似鳥!…いや、愛!明日から、また練習付き合えよなっ」
「はいっ!凛先輩っ!」
空が夕焼け色へと染まっていく。学校関係者、選手たち一同が立ち去った会場は、静けさを取り戻していた。静かになった会場を外から遙たちは横一列になって眺めていた。
「――凛、大丈夫だよね?」
「大丈夫だよ。樹ちゃん」
「そうだな。鮫柄の部長が、そう放すことはことはしないだろう」
あんなにも凄い泳ぎを見せた凛を手放すことはしないだろうと言い切れた。会場を見上げて口にする遙に、樹と真琴は頷く。あっという間に終わってしまった出来ごとを、頭に思い浮かべて。
「……終わっちゃったね」
ポツリ呟いた渚の言葉に、真琴が言葉を続ける。
「来年も、また来られるかなぁ」
「来てもらわないと困ります!今度は僕が、リレーで美しいバッタを披露するんですから!」
「そうだよ!次は怜くんが、私に最高の景色を見せてくれるって約束してくれたんだしね」
弱気な真琴に、今度は自分の番だと怜が強気に口にすれば真琴の隣に立つ樹は怜へと顔を向けた。
「えぇ!?樹ちゃん、ちょっと待って!それって、どう意味」
「そのままの意味だって!ね、怜くん」
「なに?なに?イツキちゃん、それ僕も聞きたぁーーい!」
「二人の約束事だから、どうしようかなぁ〜」
真琴は怜へと詰め寄り、顔出した渚は面白そうに口にし、怜は戸惑い焦りを見せていく。樹は笑って、遙へと顔を向ければ一つ息を吐かれてしまう。怜をからかうのは止めろと。
「今度は、四人の最高の景色を見せてよ!」
「あぁ、約束する。だから、大丈夫だ。きっと来られる」
二人の言葉に、真琴、渚、怜が強く頷いた。この気持ちは変わらない。それに、同意するようにいつまでも夕蝉が鳴り響いていた。
“For the Team”凛が教えてくれた、みんなで泳ぐ楽しさと嬉しさ。それが“仲間のために”という言葉。そして、遙が凛へ思い出させた言葉。“For the Team”みんなが、仲間のために。その樹の下に、それは残されていた。
“水は生きている”
“ひとたび飛び込めば、そいつはたちまち牙をむき襲い掛かってくる”
“――だけど、恐れることはない”
“水に抗わず、水面に指先を突き立て、切れ目を作り出す”
“その切れ目に、体を滑り込ませていく”
“腕を、頭を、胸を”
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