怜が一つのことを決め、遙が自分の本心に気付いたとき、凛は荷物を持って会場をあとにしていた―――。
遙の言葉を聞いて、怜は差し伸べる。


「このままでは、凛さんは本当に水泳をやめてしまいます!救ってあげられるのは、遙先輩たちだけです!」

「でも、俺たちにどうしろって!?」

「まだ分からないんですか、理論的に考えて、答えは一つしかありません!」

リレーに外されたと言っても、凛は鮫柄高校。他校の生徒が口出すことは出来ない。そんな自分たちに何が出来るのかと真琴や渚は困惑してしまう。
だが、怜はすべきことは分かっていた。自分だから出来ること。だからこそ、声を上げて怜は伝える。

「怜くん、それだと!」

それを口にする怜に樹は、気付いてしまう。
怜に、樹はそれでもいいのかとジャージを掴み、怜の本心を確認しようとする。だが、怜は強い眼差しで樹に一つ頷く。それで良いんですと。


「っ!!怜、本当にいいんだな」


遙の言葉に、怜の瞳は揺るがない。変わらない、強い眼差しは決意の現れだった。一度、眼鏡の赤縁フレームに手を掛けて、笑みを浮かべて頷く。「もちろんです!」と。



「樹先輩…、反対せずに聞いてくれて、ありがとうございます」

「どうして?マネージャーだから、反対するかと思った?」

足を再び動かし始めた樹に、怜は横並びになってそっと告げた。樹が首を傾げながら答えれば、怜は「いえ、先輩は止めないと思います」と目を細める。ただ、お礼が言いたかっただけですと。

「変な怜くん。怜くんがやろうとしていることは私には出来ない、凄いことなんだよ。私なんか、いつまでも見守ることしかできないのに」
「そんなことはありません!」
「そっかなぁ?……でも、ありがとう。とにかく、今は探そう!」
「はい!」

凛を探すために、伝えるために、遙や樹たちは会場内を駆け巡る。更衣室、控室、手当たりしだい探していくが凛が見つからない。

「ここにも、いない」
「手分けして探そう!」
「わかった!」
「はい!」

真琴の一言によって範囲を広げた。会場は総合公園の中。すでに外に出ているかも知れないと考え、四方に別れて声を上げた。ひたすら凛の名前を呼ぶ。

「――メドレーリレーの召集まで、時間がないのに」

目に飛び込んできた時計塔の針を見て、樹は冷静に考えていた。闇雲に足を進めてもダメだと。
呼吸を整えて、息を大きく吸った。凛は、祭りの日もあの桜の木を見ていたのだから―――っと。再び、祈る気持ちで手を、足を、動かし始めた。


「……きっと、あそこだ」



“思いが流れ落ちる”



それは遙と樹が、会場へと向かう前に見上げていた木。凛も、その木を見つめていた。ただ茫然と立ち尽くして。
聞こえてきた足音と乱れた息に、顔を向ければそこには遙がいた。

「!っ、…っく、ハル」

樹よりも先に気付いた遙は、凛がいるかも知れないと確信めいた気持ちでこの木の場所へと辿り着いていた。

「何しに来た。無様に負けた俺を笑いに来たか?」
「……凛っ、」
「フリー試合もこのざま、リレーもメンバーから外された!世界がきいて厭きれる。笑えよ、遠慮はいらねえ。…笑えっつってんだろぉ!!」

凛は、地に足が着いていないようだった。目の前が、回る。どうしようもない感情だけが溢れて、何も言おうとしない遙にその感情を口にするしか出来ない。

「結局俺は、この程度の人間だ!リレーでお前らと戦うこともできやしねぇ!」

「落ち着け凛!」

「うっせぇ!てめぇに何が分かる!?」


木々に囲まれた屋外プールを曲がり、横へと入れば朝見たあの木がある場所―――、樹の視界に、自分の手を広げ今にも掴み掛かりそうな凛と、凛に向き合って手に力を入れた遙の姿が映る。
「ハルっ!凛っ!」と声を掛けようとするが、樹は足を止めた。声を掛けるべきではないと。樹は自分の手をギュッと握りしめて固唾を飲んだ。


「わかる。…仲間と泳ぐ楽しさ、リレーをともに泳ぐ喜び、それを教えてくれたのは…凛!お前だ!!」

遙の瞳に映るのは、凛。凛の瞳は眼差しの遙。凛は眉間に雛を寄せ、歯に力が入っていた。

「……っ!」

(……凛)
全ては凛から始まった。ただ泳いでいた私たちに、仲間、チームとの喜びと楽しみを教えてくれたのは凛。

「お前がいてくれたから俺は――」
遙が言い切らないまま、凛は走り出し両手で胸倉を掴んでいた。凛のいた場所には、肩に掛けていたバッグがボスッと落ちている。
凛は掴んだまま、力いっぱいに前後へと揺らす。

「黙れぇ!!」

「俺も分かったんだ!気付いたんだ!何のために泳ぐのか、誰のために泳ぐのか!!」

襟を掴んでいる凛の手に、遙は自分の手を重ねた。凛に伝えるために、心の内を叫んだ。声を上げて凛と同じように、いや 凛以上に。


「黙れっつってんだろぉお!!」


「ダメ!凛!」


その様子を胸が詰まりながらも見ていた樹が止めなくてはいけないと、声を発し前と足を向けようとするが急に腕を引かれ後ろへと吸い込まれる。背中に何かが当たり、肩に手が置かれる。

「樹ちゃん、だめだ」

「えっ?」

上から降ってくる声と、その腕を見れば誰だかは分かる。振り向けば、真琴が首を横に振っていた。

「真琴、?」

「大丈夫だから」

「でも、ハルと凛がっ……」

樹は、なぜ止めるのかと真琴へと視線を移せば、信じてと告げられる。真琴も同じように止めたいと思っていることに、そして何より二人を信じていることに、樹はその言葉を噛みしめた。

「…二人を、ハルを、凛を信じよう」


凛の振りかざした腕を、遙が止めるがその拍子に後ろへと地面へ倒れてしまっていた。凛に体を押されても、遙も引くことはしない。その弾みで、二人は横へと取っ組みあう形で転がってしまう。
砂だらけになりながら凛は遙に跨り、顔を上げ、再び睨み突っかかろうとした瞬間、自分の視界の端に地面に書かれた文字が入り込む。

「!」

その文字にハッとする。それと同時に凛の纏う空気が変わる。一点を見つめたまま動かない凛に、遙はその視線の先にあるものを辿った。

“For the Team”

それは遙が書き記した凛が書いた“仲間のために”の言葉。自分が小学生のときに書いた言葉が、目の前に、この場所にあることに思いが溢れてくる。心の内の中に隠した思い。


「この木、似てるよ。校庭にあったあの桜の木に。だからお前も来たんだろここに」

凛へと遙は顔を戻し伝えれば、凛の張り詰めていたものが解けていく。緩む手に、雫落ちる。


「……なんでっ、」


糸が切れたように涙が溢れ、大粒の涙が遙の頬へと降ってくる。


「なんでフリーじゃねぇんだよ。俺も、お前らと泳ぎてぇ…お前らとリレー、泳ぎたいっ」


震えながらも聞こえる凛の言葉に、遙、そして二人を見守っていた樹と真琴の胸が熱くなる。樹も真琴も、目を細めて笑っていた。


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