――それは、凛が留学する前のことだった。


「やっぱ、まだ咲いてなかったなぁ」


花も葉もなく、つぼみをつけた枝のみが空高く伸びてそびえ立つ。岩鳶小学校のプール脇に立つ、桜の木を見上げてスイミングクラブのジャージを着た凛が口にした。凛同様に、遙、樹、真琴、渚も見上げていた。その中で、凛の隣に立つ真琴が告げる。


「だから言ったじゃない、まだ早いって」

「でも、どうしても見ておきたかったんだ。今日で見納めだから」


“見納め”それはさようならを意味する。転入時に、凛が桜の花びらでいっぱいになるプールで泳いでみたいと言っていたことを思い出す。


「凛?」

「樹、そんな顔すんなって」


凛が留学する。それを想像してしまうと“寂しい”が顔に出ていたようで、凛に小突かれる。

「凛!」
「なんだよ、ハルも」

樹と同じ顔だなというように、凛がくすくすと笑う。遙は、少しムッとした表情になるが、すぐ元に戻した。訊くべきことを言おうと。

「親父さんの夢、追いかけるのか?」
「わからないよ。今は、まだ…」

凛の夢は、オリンピックの選手になること。きっとお父さんの夢を追いかけるというよりも、凛の夢を叶えるためにオーストラリアに行くのだろう。
桜の周りにあるレンガブロックを見て、渚が口にした。何か書いてあるよと。

「卒業制作で花壇をつくって、それにみんなで好きな言葉を書いたんだ」

真琴は言いながら、“I Swim”と書かれているレンガを指さした。

「僕はこれ。僕は泳ぐって、意味」
「これは、俺だ」
「なんて、書いてあるの?」
「“For the team”仲間のために」

渚の質問に、凛がその意味を伝えれば、この場で聞いていたみんなの表情が変わっていく。嬉しくて頬が染まっていくのだ。

「私のは、これだよ。“together forever”いつまでも一緒に」

凛の隣にあるレンガブロックにある自分の書いた言葉を、樹が口にする。

「イツキちゃん、それってリンちゃんのと合わせると仲間のためにいつまでも一緒にだね!」
「あっ?ホントだ!」
「あ、ハルちゃんはこれだね!」

遙の書いたレンガブロックはどれだ?と、渚が探そうとすればすぐに発見してしまう。その言葉は、遙らしくすぐ分かるものだからだ。書かれてある言葉は、“Free”自由に。
レンガブロックの言葉を、続けると“I swim BEST Free For the team together forever”となる。全てが一つのメッセージになっているようで、小学生の自分たちはカッコいいと口にしていた――。




「――似ているね、この木」

「そうだな」


会場近くにある屋外プールにあるひとつの木を樹と遙は、一言二言、会話をし見上げていた。一本だけプール脇に立ち空へそびえ立つ。まるで、小学校の校庭にあった木と一緒だ。

「ハルちゃーん!樹ちゃーん!早く、早く」
「あ、うん。ハル行こう」
「わかってる。今、行く」

渚に呼ばれた遙だが、小枝を拾ってしゃがみ込む。真琴と怜も、渚と一緒に待っている。三人の元へと樹が足を向けようとするが、遙は動こうとしない。

「ハル?」

小枝を使って、遙が地面に文字を書き始める。その文字に、樹は自然と笑みが零れていた。


“すべてはその言葉に”


「おぉ、大きいね!」
「さすが、地方大会だね」
「人もこんなに…」

会場の大きさに渚と樹、怜が声を上げれば、先に着いていた江や笹部コーチ、天方先生と合流する。江に向かって樹が声を掛ければ、返ってくるのは謝りの一言だった。

「樹先輩!すいませんでした」
「江、いいんだよ別に」
「何かあったの?樹ちゃん」
「今日の服装のことだよ」

納得するように真琴は、樹の格好を見直せばジャージ姿であった。制服と言われていたが結局、ジャージになったと朝会ったときに言っていたことを真琴を思い出す。樹はそんなことよりも、と口にしてスタンドから会場を見渡し始めた。

「凛のこと、捜しているのか?」
「それをいうなら、ハルもでしょ?」

プール内、観客席と顔を向ければ遙も同じように顔を向けていた。樹と遙の姿を見て真琴がくすっと笑う。

「凛、まだ来てないみたいだね。もうすぐ来るよ、きっと」
「あぁ」
「そうだね」

観客席の確保も完了し、江たちお手製の横断幕がプール内へと掛かっていた。開会式を待って、試合が始まるのだ。
地方大会で勝てば、全国大会。自分たちが泳ぐ場所が、でかく、大きくなっていくことを考えると真琴と渚の顔が強張ってしまう。
その様子が分かって樹が声を掛けようとすれば、笹部コーチがメガホンを使ってビビってどうすると喝を入れた。「後先のことは考えんな!もっとフリーでいいんだよ、フリーで」と。その言葉に、四人は気持ちを切り替えた。

「フリーって良い言葉だよね。思うがままに、自由に」

それは、笹部コーチからの激励の言葉。お前達が思うがままに、自由に!後悔のないよう泳げ!と、言ったことを樹が繰り返せば、それを聞いていた笹部コーチが口角を上げて がははっと豪快に笑う。

「樹、もっと俺を褒めてもいいぞ!」

「フリーの言葉が良いって言っただけですよ」

二人のやり取りに、周りにいる遙たちは緊張が和らいで渚や怜が笑っていた。何が可笑しいのかと、樹が手摺に手をついてプール内へと顔を戻せば、隣にいる遙と真琴も同じように顔を向ける。

「樹ちゃん、応援頼むね」
「うん、わかってる!」

隣に立つ真琴に告げられれば、遙から頭をクシャっと撫でられる。

「ここから、見てろよ。俺たちの泳ぐ瞬間を」
「うん!」

二人は、樹に向けて嬉しそうに笑っていた。地方大会が、間もなく始まる。



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