時刻は、ホテルの時計が9時ちょっとすぎとなっていた。明日の大会を考えると樹は寝付けないでいたが、体をベッドへと沈めていた。ベッドサイドに置いてある携帯が揺れる。携帯の受信音に、閉じていた瞼を樹は開いた。

「ん、メール?」

画面に表示されている“メール1件”を確認しようとすれば、ホテルの部屋の戸をコンコンと叩く音と自分を呼ぶ声に樹は顔を扉へと向けた。声は控えめというか小さい。だが、聞こえてくるその声は、先ほどまで一緒にいた彼だった――。



「――ハル、もう寝た?」


静かな部屋に、聞こえるのは真琴の声。

「いや、起きてる」
「眠れないよね」
「そうだな」

大会のためにと遙と真琴は、それぞれのベッドの布団へと横になっていたが二人は眠れずにいた。

「俺、告白したよ。樹ちゃんに」

「真琴?」

体を起こしそうになるが、遙はそのまま訊き返すように真琴の名を呼んだ。長い付き合いだからこそ、お互いのことは分かっていた。だが、どうしてそれを今自分に言うのかと 遙はふと、頭に過ってしまった。


「ハルに負けたくないから。だけど、返事はまだ貰ってない」


その声は、真剣だった。だからこそ、遙も自分の気持ちを真琴へ告げる。

「……俺も、同じだ。樹に伝えた」
「ハルも返事は?」
「貰っていない。あいつは、今は泳げないことで苦しんでいるから自分のことを優先させろと伝えた」
「そうだね、俺たちのことで困らせちゃって一番したいこと出来なくなるのは嫌だね」
「ああ。だから、樹が泳げるまで待とうと思ってる」
「俺もだよ、ハル。――だから、明日は決勝まで残ろう。最高の泳ぎを樹ちゃんに見せよう」
「あぁ」

自分の気持ちを伝えた安心感からか、真琴に少しずつと眠気が襲ってくる。遙は自分の態勢を変えずに、真琴の名前を呼んだ。


「お前が、いてくれてよかった…ありがとうな」

「ハル!?」


遙からの言葉に嬉しさが込み上げ、真琴はベッドから飛び起きる。滅多に言わない遙からの言葉。だからか、遙は自分の言った言葉に恥ずかしさを感じ「少し、走ってくる」と告げて部屋を出てしまった。


“抱える想いに”


「樹先輩、すみません。こんな遅くに」

「それは、怜くんが謝るべきとこじゃないからね」


隣を歩く怜は申し訳ないという顔で謝るが、樹は顔を横へ振った。海を見下ろせる高台。風力発電用の巨大な風車の羽がゆっくりと回っている。


「―――凛?」

「よう」

「何か、用ですか?」


高台からずっと、海を見つめていた顔を樹と怜へと向ける。怜は鮫柄学園でのこともあって、表情が険しい。樹を隠すように、怜は凛との間合いを一歩詰めた。


「この前のお前の質問、答えて無かったよな」

「そのことならもう結構です。それに、樹先輩まで一緒に呼び出して」

「いいや、言っておく。俺のけじめとして。それに樹にも伝えておきたいことだ」


伝えておきたいこと、そのために樹と怜が呼び出された。凛からあったメールには“お前と竜ヶ崎に話したいことがある。場所は竜ヶ崎に伝えたから一緒に来てくれ”の内容だった。
怜には、電話で話があると伝えたそうだ。何と言ったのかは知らないが、話があるので樹と一緒に来て欲しいとのことだった。


「ハルのこと、どう思っているかって聞いたよな?確かに俺は、アイツとの勝負に拘ってた。けど、俺が水泳を辞めるって言ったのは ハルのせいじゃねぇ」

「え?」

「確かに、アイツに負けたときはショックだった。けど、そうじゃねぇんだ――」


オーストラリアでのことを、凛は語り出した。
留学して、毎日トレーニングをし 大会に出たが思うように泳げなくなっていたことを。オリンピックも夢のまた夢。周りから、どんどん取り残されている気がしていたと。

「ずっと考えてた。なんで俺だけ上手くいかないだろう、なんで。
……そうか、リレーなんかやっていたから俺は落ちたんだと、そう思うようになった。日本に帰ってからも誰とも連絡を取らなかった。誰にも話さなかった――」

(凛、だから鮫柄で聞いたあのとき返答に困ったの?―――)

「だけど、あの夜ハルとまた泳いでふっ切れた。もう一度、泳ごうと思った」

そして、凛は県大会の真琴、渚、怜、遙のリレーを見て自分が小学校で泳いだリレーを思い出してしまったと告げる。それを言う凛はどこか寂しげだった。

「凛さん、あなたは…」

「竜ヶ崎っつたな。俺は鮫柄で、リレーを泳ぐ。そこで最高の泳ぎを見せてやる。だから、お前も自分のチームでハルたちと精一杯やれ。ただし、そこでやるからには見っともねえ泳ぎは見せるな」

凛は怜の横を通り際に「呼びだして悪かった」と告げれば、一歩後ろで聞いていた樹の腕を取った。

「え?ちょっ、凛?」
「こいつに伝えたいことは、二人きりで話したい」
「樹先輩っ!?」

表情は変えず、前を向く凛を見て樹は「怜くん、申し訳ないんだけど先に戻ってくれる?」と怜に伝える。ひとりで帰らせるわけにもいかないと渋る怜に、樹は自分ひとりでも帰れるからと告げた。

「大丈夫だ、俺が ちゃんとホテルまで送るから」

「――分かりました。お願いします」

凛の話を聞いた怜が、何を思っていたのかが窺えなかったため樹は気になることはあったが、怜はひとつ頭を下げてこの場を去っていった。
風車の羽が先ほどから変わらずに、回っている。風が髪の毛を揺らす。凛は樹の腕を離して柵に寄り掛かり、その目の前に樹が立っていた。

「話したいことって」
「あぁ。後悔してることあるのかって樹が訊き返しただろ」
「うん、やっぱり…ハルたちとリレーをやったことを?」

だが凛は答えずに、顔を横に振った。違うというように。そして、そのまま空を見上げるように凛は告げた。

「ひとつだけ、ハッキリとしていることがある。お前の泳げなくなった原因、それを作った俺に後悔している」

「何言ってるの?凛の、せいじゃ―――」


言うと同時に凛に腕を引っ張られ、抱きしめられる。閉じ込められた腕の中で「凛のせいじゃないから」と告げれば違うと否定されてしまう。樹の肩に顔を埋めている凛は、そのまま小さく横に顔を振った。


「俺が水泳を辞めることをハルに言わなければ、ハルは辞めなかった。そのせいでお前は泳げなくなったんだろ。俺はお前に恨まれてもいいんだ」

「凛、私が泳げなくなったことは誰のせいでも無い。―――それに泳ぐって決めたんだ」


泳げなくなったことで誰かが負い目を感じることはない。それを伝えても、誰も悪くないと言っても、ここにいる凛、それに遙や真琴も自分を悔やんで自分のせいであると思ってしまっている。だからこそ、泳ぐと決めた。それに今なら泳ぎたいという気持ちがいっぱいで“泳げる”そんな気がする。だから、樹は泳ぐと言い切れた。


「泳ぐって?」

「ハルや真琴たちに、そう告げたんだよ。泳げるようになるって。元々、この大会が終わったら皆に練習に付き合ってもらう約束はしていたんだけど」


その言葉を聞いて、凛は腕を離した。樹の表情が知りたかったからだ。そして、凛の頭にはあることが浮かぶ。一度、八幡祭りがあった日の学校で聞いたことだった。

「真琴と、二人きりじゃなんじゃ――?」
「特訓は、皆とだよ」
「けど、お前 真琴と約束してるって言わなかったか」
「それって、祭りの日の?…特訓を大会が終わったらしてもらうって真琴に言っていたんだよ」
「皆って?」
「真琴にハルや渚、怜くん、それに江ちゃんだけど」

その言葉を告げたと同時に再び、凛に引っ張られ樹は凛の腕の中にいた。凛はどこか嬉しそうだ。

「へぇ、そっか。真琴が彼氏ってわけじゃあないんだな」
「ちょっと!な、なんでいきなり!」
「じゃあ、ハルか?」
「待ってって!え、えっと真琴もハルと同じくらいに大切な幼馴染みで…」

抱きしめれる腕が強くなり、凛が耳に顔を近付けた。

「――じゃあ、俺は?」

耳元で囁かれる言葉が、熱く感じる。

「凛は、大切な仲間で、その、」

「ありがとう、樹」
今はそれでいい。だけど、諦めねえって決めてるんだ。

「明日、お前に俺の最高の泳ぎを見せてやるから」


強くなる腕に、樹はそれでも、ウチは負けないからね!と告げれば、凛は笑いながら「わかっている」と口にした。樹は、大会でみんなの泳ぎ、そして凛の泳ぎが見れると思っていた。

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