――地方大会は総合公園運動場の水泳場で行なう。会場のある最寄り駅近くの停留所へバスが着く。バスから見る窓の景色は、明るかった空からすっかりと夜の空だった。

「やっと、着いたぁ〜!」

「ちょっと待ってください、渚くん!」

「樹ちゃん、眠い?俺、荷物のこともあるから先に降りるけど」

「…ん、真琴?大丈夫、大丈夫だよ」

長時間のバス移動と、寝惚けている頭で樹の足元が覚束ない。手を伸ばして荷物棚からバッグを取ろうとすれば、遙が後ろから樹を支えながらバッグを引っ張りだしてくれた。

「ごめん!ハル」
「これぐらい取ってやるから」

後ろにいる遙へと声をかければ狭い通路のせいで至近距離となる。その近さに、樹の肩が小さく揺れた。

「あ、うん」

「ん?まだ、寝ぼけてるのか」

遙はそのまま荷物のバッグを手に、トランクに預けた荷物を受け取るために先に降りていった真琴たちを追うように、バスを降りようとする。

「あっ!ハル、バッグは自分で持つよ」
「このぐらい何ともない」
「何ともなくない!マネージャーが選手に気を使わせたらダメでしょ」

降りようとする遙が、引き返して樹の耳元に顔を近づける。

「じゃあ、彼氏ならいいだろ?」

その言葉に、樹は固まり顔を真っ赤にさせてしまう。耳に熱が集まってくることを感じる。

「はっ、ハル!!?」
「冗談。ほら、バッグ」

くすっと笑いながら遙はバッグを渡してくれたが、一体何を言い出すんだと樹の鼓動が早くなっていた。顔が赤くなっているため、俯きながらバスを降りれば真琴にどうかした?と心配されてしまう。それを隣で笑って見る遙に、樹はキイっと睨むがあまり意味がないようだった。

「ハル、なんて知らない!」

ぷいと顔を背けた樹に、遙はまだ笑っていた。
バスの停留所からホテルへと向かう為に、先頭を歩く真琴の隣へと樹は並び、手に持つ地図と周りの地形を見比べる。

「――樹ちゃん、そういえば制服は?」

「バッグの中だよ。江が制服だと目に付くからって今はジャージだけど、明日は制服って言われてるから」

でも、なんで制服だと目に付くんだろ?と、口にした樹に、真琴は分かっていないことに溜め息が出そうになってしまう。隣を歩く樹は、目に付いてもいいけどと言い出したので、本人の危機感が鈍いことを改めて思い知る。

「あんまり、ひとりで動いたりしないでね」
「ひとりって、そんな子供じゃないから平気だって」
「そういう意味じゃなくて、女の子なんだから危ないっていう意味だよ」

地図を覗きこむ樹の顔を見るように横から真琴は告げれば、その目と目が重なり合う。樹はコクンコクンと何度も顔を縦に振って、自分の顔を隠すように手に持っていた地図を広げた。



「マコちゃん、イツキちゃん、まだ着かないのぉ〜」

長時間のバス移動で、渚は若干疲れ気味のようだ。隣を歩く怜が頻りに「渚くんッ!」と声を掛けていた。

「待ってね、この辺なんだけど……」
「樹ちゃん、あれじゃない?」

天方先生から預かった地図を照らしながら辿り着けば、宿泊先のホテルを発見する。岩鳶高校水泳部の名前を出せば、ツイン2部屋とシングル1部屋できちんと部屋を取ってくれていた。

「イツキちゃん、内心シングル1部屋あったことに一安心って思ったぁ?」

ホテルの受付で記帳を済ませ、チェックインをし鍵を貰ってエレベーターを待っていれば渚から声が掛かる。


「ふぇええ!渚!?な、なんで」

「僕は、イツキちゃんと一緒でも全然問題なかったけどなぁ」

「まぁ、俺も樹と一緒でも平気だな」

「んーそうだね。俺も渚とハルの意見で同じかな」


側で同じようにエレベーターを待つ、遙と真琴も渚と同じようなことを言いだし樹は困惑してしまう。


「ちょっと、渚くんも遙先輩も真琴先輩も!樹先輩が困ってますよ」

「怜くんっ!」

「そんなレイちゃんだって、イツキちゃんと一緒でも問題ないでしょ」

「……そ、そうですね」


眼鏡のフレームを直し、考え込んだ怜に渚が「今、何を想像したの?」と、コソッと耳打ちをし怜が顔を赤くしていたのだった。
部屋へと荷物を置けば夕飯を、皆で食べに出かけることになった。お店の定食メニューを前に、何にしようかと悩めば験を担ぐということで“カツ”のヒレカツ丼を真琴と渚が選ぶ。


「樹ちゃんは、何にする?」

「んーどうしよう…」

「悩んでるなら俺と同じでいいだろ。サバ味噌煮定食、2つ」

「え、ハル!?サバって験担ぎのメニューじゃないよ。それに、私だってたまには肉がいい!」


肉と口に出せば、遙がサバの方が良いと言いだしてしまい負けじと樹はたまには肉だと口にする。それを渚が笑い、真琴が落ち着いてと良いながら宥めさせた。

「あ、怜は何にする?」
「僕は…カツ鍋か、餡かけカツ丼か、冷やしカツうどんか」

怜が迷っているメニューを口走ってしまえば、店主のおじさんが注文内容だと思いそれを繰り返してしまい、その状況に怜以外の四人は笑ってしまう。結局、怜はメニュー3種類とも注文して、樹が少し頂くことで落ち着いたのだった。

「あぁ〜、美味しかったぁ」
「ホント、美味しすぎてお腹苦しい……」
「樹ちゃんのは、食べすぎだよ。あれだけ、食べたんだからね」
「僕も、ちょっと食べ過ぎました」


定食屋からホテルへの帰り道。反対側歩く高校生を見て、明日の大会に出る選手かも知れないねっという話になれば、真琴が明日の会場を見に行ってみない?と告げた。
――だが、すでに会場入り口にはチェーンポールがされており“関係者以外立入禁止”の看板までもが置いてあった。

「あぁ、ダメみたい」

建物さえも見ることができない距離に、渚は肩を落としてしまう。

「この時間じゃ、無理かっ」

「仕方がありませんね」

「しょうがないよ。マネージャーとして不法侵入で、大会出場取り消しになんてさせられないし」

「イツキちゃん、さすがにそれはしないから」

「――いや、見えるかもしれない」

諦めようと渚、真琴、怜、樹はしていたが遙の一言によって、総合公園にある高台へと足を向けることにした。

「みんな、早く!早く!」
「走ったら、危ないですよ」

渚と怜のあとをついて行けば、町並みを見渡せる光景に思わず目を見開いた。そして、会場となる水泳場が視界いっぱいに飛び込む。

「うわぁ、すごい」
「大きいな」

隣に立つ、真琴と遙が告げる。会場の屋根、半分以上が開いていてプールが見える。その大きさと水の光りに、吸い込まれそうな感覚になってしまう。

「明日、あそこで泳ぐんですね」
「あぁ」
「なんか 僕、ドキドキしてきた」
「うん」

怜と渚の言葉に、遙と真琴が答えれば、樹の鼓動は不思議と高鳴っていた。

「あそこが、みんなが泳ぐ会場なんだね」

呟くように出た樹の言葉に、真琴はその顔を見下ろした。そして、真琴は目を細めて笑う。


“同じ場所に立つ日を”


「次は、樹ちゃんも立つ場所だよ」
「地方大会なんて、まだ分からないよ」
「樹ちゃんなら、きっと大丈夫」

真琴の言葉に樹が返せば、渚が一歩前に出て樹へと顔を向けた。

「そのときは、僕たちが精一杯応援しちゃうからね!」
「樹、泳ごう。また同じ場所で」
「僕も楽しみにしていますから、樹先輩」

渚の言葉に続けるように、隣に立つ遙から声が掛かった。そして、怜からもだ。真琴、渚、遙、怜からの言葉は、何かがこみ上げて胸がじいんとするもの。気を引き締めないと、涙が出そうな勢いで――。


「――樹っ」


ホテルへと戻るために、真琴、渚、怜が前を歩き始めその後ろをついて行こうと思えば、遙から呼び止められる。コソッと耳打ちをされるように遙に呟かれ、樹は遙へと顔を向けた。


「何?ハル」

「泣いていい。さっきから、泣きたいのを我慢しているんだろ」

「……ハルは、なんで分かるの?」

「お前が、好きだからだ」

好きだから、分かる。その言葉と共に、遙の大きな手が頭へと降ってくる。顔を俯かせれば、優しく撫でられる。


「――はるっ、」
その行動は、ずるい。優先すべきことは自分のことと言ってくれたのに、意識させようとするのは無自覚なんだろうか。そして、私は何も言えなくなってしまう――。


「……ハルはずるい」

「あぁ、そうだな」


小さく呟いた声が、夜の風に揺れていた。




[top]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -