凛は、泳いでも思い出すのは怜の言葉だった。怜の言った“最高のチーム”という言葉は、自分が小学生の頃に遙たちに言った言葉と同じ。

「松岡先輩、今日はすごく乱れてる」
「似鳥、お前何か聞いているか?」
「いえ、先輩なにも話してくれなくて……」

感情をかき乱し、凛の気持ちは別の場所にあった。それが泳ぎに反映され凛の泳ぎが乱れ、それを見守る後輩の似鳥と部長の御子柴が感じ取っていた―――。




「あのー?先生、本当に私もいいんですか?」


今日は、地方大会前日。学校からの意向で、選手は前乗りで向かうことになっていた。そして、その中にジャージ姿の樹がいた。
真琴や江に言われて、前乗りするための用意はしてきてはあるが樹は戸惑ってしまう。大会に出場する訳でもないマネージャーの自分が、前乗りでしかも現地ホテルに泊まっていいのかと。


「何、言っているんですか!いざというときは、樹先輩がこの四人を指揮してくれなくては!」

「指揮って、部長の真琴がいるから大丈夫だと…それに、選手じゃない私がいいのかな?って」

「朝日奈さんには、下見も兼ねて特別にね。笹部さんから、朝日奈さんのことは聞いてるわ!だから、期待を込めて出世払いかしらね」


んーっと人差し指を口元に沿えて、悩むことなく軽く告げた天方先生に何を吹きこんだのかと樹は笹部コーチを見上げれば口角を大きく上げて笑われてしまう。お前なら、すぐにでも大会のひとつやふたつ余裕だと。
そんな笹部コーチに「それって、泳ぐの前提の話になってません?」と言い返すように呟けば、こいつらがいればまた泳げるだろっと、やっぱり笑われてしまう。気掛かりなこともある樹は、天方先生に念を押す。


「先生、忘れてませんか?私、マネージャーですよ?」

「あら、朝日奈さんは兼マネージャーで部活申請出ているのよ?」

「嘘!?え、それって渚が!?」

「えへへ。だって、イツキちゃんが、マネージャーのみっておかしいし、泳がないのは変かなぁ〜って」


渚が言うと同時に嬉しさのあまりに樹はギュッと抱き付けば、横に居た真琴と遙が二人を引き剥がした。それを見て江と怜がくすくすと笑う。


「よーし!俺がお前らに教えられることは、全部教えた!あとは、力を出し切るだけだ」


額に鉢巻きをし、気合いを入れた笹部コーチの声と共に、後ろにいた江と江の友達と千種ちゃんが横断幕を広げる。漁が盛んな岩鳶ならではと言っていいのか、大漁旗風な人目を浴びるデザインだ。


「え、いつの間に用意したの?」

「その横断幕、すごく恥ずかしいんですけど」

関心をする樹と、ありのまま言ってしまう怜に真琴は思わず空笑いをしてしまう。

「…そのイラスト」

「これって、ハルが描いたリアル岩鳶ちゃんだね!」

「ホントだ!この前、ハルちゃんが描いてたやつだ」

「ここで使われるとは思わなかった」

大漁旗の横断幕に、リアル岩鳶のイラストに驚きながらも嬉しそうに遙は告げた。

「それじゃあ、私たちは明日の朝一で会場に向かうから。朝日奈さん、それまで付き添いをお願いするわね」

「みなさんは会場近くのホテルでゆっくり体を休めてください!樹先輩の部屋も、ちゃんと取ってあるので安心してください!」

天方先生 お得意の偉人の名言、古代ローマの軍人カエサルの言葉で何かを告げようとするが丁度のタイミングで高速バスが来てしまい、言い切る前に終わってしまう。
バスを乗り込む前に「えっと、それじゃあ――」と真琴が口にすれば、全員で見送ってくれた笹部コーチや天方先生、江たちに声を揃えて告げた。


「行ってきます!」



“いざ、出発のとき”



ほぼ、同じ時刻に鮫柄水泳部も現地入りをする為にバスに乗り込もうとしていた。携帯のバイブレーションの音に気付き、凛はメール画面を開く。

「……江?」

――今、遙先輩たちと樹先輩が現地に向けて出発したよ!お互い勝ち進めるといいね!目指せ全国大会!

複雑そうな顔をする凛へ似鳥は声を掛けるが、何でもないと告げられてしまうのだった。




「イツキちゃん、これ食べてみる?」

「あ、私もポッキーとかあるよー」

後部座席、一番後ろに遙、樹、真琴が座り、その前に怜と渚が座る。背凭れに体を乗り出して、手に持つお菓子を樹へと向ければ怜から声が掛かる。

「渚くん、走行中に後ろへ振り向くと危ないですよ」
「そうだよ、渚。危ないよ」
「そんなことを言うレイちゃんと、マコちゃんにはコレね!」

樹へと差し出したお菓子とは別に持っていたポッキーを、渚は怜と真琴の口へと入れる。渋る怜と真琴に、渚は口に入れれば遙にも「ハルちゃんも食べる?」と告げる。

「ね、渚…それ、普通のポッキーじゃないの?」

「うん、珍味味!」

「えぇー!ハル、食べない方が…」

見る見ると顔色が変わっていく怜と真琴の様子に、樹は遙に食べるのを止めればパーキングエリアに到着する。ここで一度、お昼を取るのとお買い物をすることになっていた。




「樹ちゃん、よく眠ってるね」

「あぁ」

コクコクと動く樹の寄り掛かるその頭を真琴の肩から、自分の肩へと、ずらしたいと思ってしまう気持ちを、遙は今だけは消してしまいたいと思ってしまう。


「…むにゃ、…ハルも真琴も、もう食べれないよ……わんこ、」


気持ちよさそうに眠る樹からでた言葉に、遙と真琴は固まってしまう。


「わんこって、まさか……」

「いやいや、それはないと思うよ」

バスの振動と共に、コクンと顔が揺れ樹の顔は正面へと戻り数回揺れたあとに「……そば」と声が聞こえた。

「樹ちゃん、お昼に食べたそばから椀子そばを見ているんだね」

「椀子そばの話は出たが……」

「ねえ、ハル。俺たちも、眠っちゃう?」

「そうだな」

笑いながら告げた真琴と同じように、遙も笑みを零し二人は樹の顔を覗きこむ。そのまま、二人は口にした訳でも無く遙も真琴も同じように樹の肩へ自分の頭を置いて目をゆっくり閉じていった。


「―――あれ?なんか、重い…って、えぇ」


両端の視界に微かに入り込んだ髪と、肩に掛かる重みに樹は遙と真琴が自分の肩を借りて眠っていることに気付く。この状況に、起こすのも凌ぎなく樹は再び目を瞑ることにした。二人の微かな熱を感じながら。


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