「で、話ってなんだ」

凛は、なぜ怜に呼ばれたかは分からない。だからこそ、少し苛立ちを感じていた。

「貴方にお聞きしたいことが、2つあります」
「はぁ!?なんだよ」
「では、一つ目の質問です。貴方は、なぜ急にリレーに出るなんて言い出したんです?」

いきなりの質問に、凛は言葉を詰まらせそうになるが「ただ気が変わっただけだ、そんなことを訊きにわざわざ来たのか」と怜に言い返す。

「そんな答えじゃ納得しかねます」

怜はそのまま、言葉を淡々と続けた。遙先輩との勝負にずっと拘って、遙先輩に勝たないと前に進めないと思っていたのではないかと。凛の気持ちを、言い当ててしまう。

「そして今回、貴方は見事勝負に勝った。貴方の目的は、それで達成されたではないですか?」

凛は、その言葉に顔を歪ませてしまう。遙と勝負する前の、自分の気持ちを言い当てられてしまっているからだ。だが、それを肯定する訳にもいかない。

「俺の目的は、ハルに勝つことじゃねえ。国内の大会で、勝つことでもねえ。もっと上、世界だっ!」

「世界ですかっ。まぁ、いいでしょう――では、二つ目の質問です。貴方は遙先輩をどう思っているんですか?」

聞こえてくる怜の質問に、怜と同じように樹は凛へと耳を傾けた。二人がどんな顔をしているかは分からないが、怜が訊くことは樹自身も気にしていたことだ。

「はぁ?」

怜からの二つ目の質問が、突拍子もないとも言えることで、その意図が読めず、凛は声を上げる。そんな凛に、怜は小学校時代の二人は良きライバルであったこと、そして笹部コーチの家にあった写真を見たことを告げた。

「昔の貴方は、よく笑っていた。遙先輩、真琴先輩、渚くんとそして樹先輩の五人はいつも仲良く、楽しそうだった。それなのに、なぜ!留学して変わってしまったんですか!?」

こんな関係になってしまったのかと、怜は問い掛けた。帰国しても、誰にも連絡を取らない関係になってしまったのかと。


「留学先でなにが合ったんです。昔は、あんなにも仲が良かったのに、なぜ!?皆でリレーを泳いだのに、なぜ!?」
先輩たちと泳ぐことで喜びを感じ、リレーの楽しさを誰よりも知っていたんじゃないのかと怜は声を上げる。


凛の拳に自然と力が入っていた。体を前と押し出すように一歩、怜と詰め寄る。我慢の限界だった。


「うるっせー!!大人しく、聞いてりゃあ、つまんねえ理屈ばっか並べやがって。なんでお前に、そんなこと話さなければなんねえんだよ」

「僕は被害者なんですよ――」


怒鳴り散らすように告げた凛だったが、臆することなく怜はここに来た理由を口にする。元々は自分が陸上部であったが、水泳部に入ることになったこと、遙の泳ぎに魅せられたこと、そして水泳の楽しさ、一緒に泳ぐことのリレーの楽しさを知ったと。

「僕たちはやっと、チームになれた。一つになれたのに、だけど みんな貴方のことを口にする。“凛ちゃん”“凛ちゃん”って」

その言葉に、樹は怜のことを思い返していた。自分ではなく、皆が求めようとしていたのが“凛”だったことに、辛かったんだろうと。

怜の告げる気持ち、遙や真琴、渚の気持ちを振り払うように「俺には関係ねえーっ!」と声を上げるが、聞くと同時に怜は跳び出した。

「ない訳ないだろっ!!」

胸倉を掴み、壁へと押さえつける。その行動にひどく、凛は混乱するが怜は言い続けた。

「そもそも遙先輩が水泳から離れていたのは、アンタのせいじゃないか!?」
「はぁ!?何の事だっ!?」
「中学の時、遙先輩はアンタに勝って…それで罪悪感を感じて!!なのに何なんだよアンタは!!僕にはまったく理解できない!!」

凛の目は揺らいでいた。それを分かっていてのことかは分からないが、怜は再度たき付ける。

「アンタは一体、どうしたい?遙先輩のことも、樹先輩のことも困らせたいだけか?」

八幡様の祭りのときに、怜は 凛と樹の話していたことを聞いてしまっていたからこその言葉だった。

「……この前の試合で遙先輩に勝った、それでいいじゃないか?なんで、またリレーに出るなんて言い出すんだ」

なぜここで樹のことを、と 凛は言いたかったがそのまま怜の腕を振り払い、逆に凛が掴み掛かった。

「当事者じゃねえ、お前に 俺の何が分かる!それにアイツは、樹の側にいながらアイツを泳げなくさせたんだ」

「樹先輩は、遙先輩が水泳から離れてしまったあと…遙先輩たちを待って事故にあったんですよ!」

「はぁ!?どういうことだ!」

凛は怜の襟をつかみ、その身体を壁へと押し付けてた。押し寄せてくる答えが、見ているような見えないような、感情の苛立ちを押し付けるように。怜はその痛みからか、もしくは凛の表情からか、顔を歪ませた。

(――止めなきゃ!)

樹は自分の名前が上がったことに、二人の熱が上がっていくことに、黙って聞いていられなかった。



「――凛っ!怜くんから離れて」



二人がいる場所に、二人の聞きなれた声が響く。物陰から樹が姿を現したのだった。

「なんで樹が、ここに?」

「樹先輩っ!?」

「ごめん。怜くんが部活に行かずにどこに行くのかって思って、着いて来ちゃった。マネージャーだしね」

二人は樹の登場に驚き、凛は怜から手を離し、数歩うしろへと下がった。

「先輩……」

「まっ、マネージャーは建て前で…怜くんの様子がおかしかったのが、気になってね。怜くんは、後輩であって、大切な仲間なんだよ」

「……行けよ」

凛は、怜に向かって顔だけを横へ振って去るようにと促す。それは、怜ひとりのみで樹はその場から離れようとしない。重い空気の中、怜は樹はどうするのかと窺った。

「……樹先輩?」

「大丈夫、先に行って」

分かりましたと、怜は言い、その場から背を向けようとするが、凛へ最後に言わなければといけないことがあり顔を戻した。


「僕は、彼らと、樹先輩を含めた最高のチームで試合に臨みたい。そのチームの一員として彼らと泳ぎたい。もし貴方が僕たちの邪魔をするなら、僕は貴方を許しません!」


樹へと、門で待っています。と告げて、怜は二人に背を向けた。

「樹、さっきのアイツが言っていたお前が泳げなくなった理由は本当か?」

「……凛、怜くんは良い仲間だと思わない?私は、ハルや真琴や渚と同じように、凛を今も仲間だと思ってる。凛も、大切な仲間だよ」

樹は、凛の質問には答えなかった。答えとは関係ことを、語りかけるように樹は口にした。


「なんで、お前は…。ずるいよな」
――凛は樹の肩に頭を預け、ポツリと呟いた。掛かる重さはないが、その声が重く感じた。

「……凛?」

「樹は、やらなければよかったって思うことはあるか?」

「やらなければ良かったことって、後悔すること?」

「あぁ、たとえば……泳げなくなった原因の前の行動とか」
――アイツらを待っていて、事故が起きた。ハルが水泳をやめなければ起きなかったかも知れないこと、だ。


その声は、先ほどまでと違って 樹を気つかうような優しい口調だ。凛の顔は肩に置かれたままで、表情は分からない。
どうして、やらなければ良かったこと、後悔することを聞きたいのかは分からない。だが樹の答えは、決まっていた。

「ないよ」

それが予想外の答えだったのか、凛の肩が小さく揺れた。


「……やっぱり、お前はずるい」
――優しすぎるよ、樹。ハルが水泳をやめた原因は俺だ。

「俺は、」


だが、凛はそのあとを言うことはなかった。自分は後悔があると言いたかったのか、それとも違うことなのか、何を言いたいのかは分からなかったが、その声はひどく辛そうで胸を締めつけられた。


「凛は、あっ―――」

「……お前のこと、諦めねえから」


樹の言葉を遮るように、凛はそれだけを言って背を向けて建物の中へと消えていった。


――凛は、あるの?やらなければ良かったって思うこと…。


“その答えはあるのか”


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