怜は、納得が出来ていなかった。考えれば、考えるほど、何かがおかしいと。遙からの話を聞いた帰りの駅で、渚から考えてもしょうがないと言われたが、それは出来なかった。当事者じゃないからこそ、見えること、分かること、分からないことがある。遙先輩が思いつめていたことも。樹先輩が、泳げなくなってしまったことで、樹先輩自身が、遙先輩、真琴先輩が苦しんでいたこと。――そして、あの人は何がしたいのかと。


「これは行くしかありません、ね」


ひとつ息を吐いて、怜は自分のフレームに手を掛けた。眼鏡の位置を直して、気を引き締める。スニーカーに履き替えた足元を見て、前を向く。そして、ある目的のために足を進めことを決意していた。


(ん?あれは、怜くん―――って、あっちは、校門?)


昇降口から、見慣れたスポーツリュックの後ろ姿に樹は駆け寄ろうと思ったが足を止めてしまう。怜が、プールへと足を向けずに校門へと足を向けていることに気付いてしまったのだ。
その表情はどこか重く思いつめているような感じだった。だからこそ、急いで靴へと履き替えて 怜の後を追うことした。


「……えっと、連絡はしたほうがいいよね」


向かう先が、岩鳶駅であることに気付いた樹は、鞄から携帯を取り出して部活へと行けないことのメール文を作って送ることにした。送信先に、真琴と江のアドレスを出す。部長とマネージャーだからだ。

――怜の乗る車両とは別の車両に乗って、怜が見えると位置へと移動する。幸い、怜は気付いていない。

「このまま、行くと――――鮫柄だよね?凛に会いに?」

それは、予想通りのことだった。
怜はある駅のアナウンスを聞いて、下車する。下りた駅は、鮫柄学園への最寄り駅。合同練習のときに、行った道のりだから覚えていた。鮫柄へと着けば、怜は 一度フレームに手を掛けて、迷うことなく屋内プールのある建物へと入っていく。
全寮制の学園だからか、体育館や施設完備の建物から声は聞こえてくるが、外を歩く生徒がいなく、簡単に足を踏み入れることが出来た。

「怜くん…」

屋内プールのある建物は、校舎の端に存在する。中に入るかどうかを悩み、どこか見える場所がないかと周り込もうとすれば、怜が中から出てくるところだった。
怜が建物の扉から出てくれば、壁へと腕を組みながら誰かを待つように寄り掛かる。それに気付いた樹は、建物の物陰に隠れて息を呑んだ。その距離は、ほんの僅か。普通に、声が届く距離だ。


“行動を移す”


「なぁーにー!樹も、怜も休みだと!?」


プール内に、響き渡るのは笹部コーチの声。今日に限って、二人が部活を休むことに笹部が驚きの声を上げたのだ。


「あ、うん…樹ちゃんから連絡が入って」

「え!?イツキちゃん、何かあったの」

「なんか、お腹痛いとかで今日は休ませて欲しいって俺と江ちゃんに連絡があったんだ」

「昼はなんともなかったよな?」


後ろで聞いていた遙が口にする。昼の屋上では、至って変わりもなくいつもと同じように自分が作った弁当を食べていたのだからと。


「食べ過ぎみたいですよ。購買で買いすぎたってメールにありました」


江の言葉に、遙は驚きで口を開ける。どのくらい食べたんだと。


「でも、怜も休みだなんて珍しいよな」


連絡を貰っていない真琴は、怜にしては珍しいと口にした。


「あー!レイちゃんも確か、お腹が痛いとか言っていたような!きっと、昨日上げた苺ミルクアイスが腐っていたのかも」

「なんで、そんなの上げたのぉー?」

「…いや、アイスは腐らんだろう」

「腐るとしたら――」


真琴の目線が遙へと移り、江が「鯖!」というが、遙は何も与えてないときっぱりと告げる。地方大会まで、日もない。笹部コーチは今日も気張っていくぞと声を上げた。

「レイちゃん、ひょっとして…」

昨日の帰りの駅でのことを、思い返し渚は怜がもしかして凛に会いに鮫柄に行っているのではないかと思う。そして遙と真琴も、樹と怜が同時に休むことに、何か引っ掛かるものを感じていた。



(やっぱり、出ていった方がいいのかな……)


怜が、出てきてからまだ二、三分。だが、嫌に長く感じてしまう雰囲気に樹は怜へと声を掛けようと思ったが、違う足音が聞こえてきたことに再度、物陰へと体を隠した。扉から現れたのは、ジャージ姿の凛だった。
辺りを見渡す凛の視界に、入るために怜は足を動かした。


「凛ちゃん、さん、ですね」


意外とも言える人物からの、呼び出しに目を見開き、凛は眉を少しつり上げた。


「…お前は」


「――――お話があります」


樹は、これから何かが起こるかもしれないことに息を潜めることにした。


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