「凛は転校して来たときから、妙にリレーに拘る奴だった。なぜ、そこまで拘るのか、俺たちがその理由を聞いたのは決勝直前のときだった」


遙が語ろうとすることは、樹も真琴も渚も知ることだった。よく覚えていることだ。

―――あれは 女子の部が決勝が終わったあと、次がメドレーリレー男子、決勝のプラグラムへと移行するときだった。樹は凛と真琴に呼ばれ、控室へ引っ張られたのだ。中には、待ち構えていたかのように遙と渚もそこにいた。


「待ってって!ここ、男子控室だよ。それに召集掛かっちゃうから、話はあとでもいいよ」

「樹ちゃん、大丈夫だよ。今は僕たちしかいないし」

「でもっ!」

「樹にも、言っておきたいことがあるんだ。だから、お前もここにいろって」


さすがに男子控え室に居たら不味いことぐらい判断はできたが、真琴と凛に押し切られるように樹はコクンっと頷いた。それを見て、凛は側にいる遙、真琴、渚、樹の顔を見て話し始めた。


「いよいよ、決勝だ!みんな、ありがとう。俺の我がままに付き合ってくれて」

「別に付き合ってるわけじゃないよ。みんなここに居たいから、ここにいるんだよ」


リレーに拘っていた凛は、遙、真琴、渚の三人に練習もメド継ぎのみ、大会も個人種目のエントリー無しのメドレーリレーのみ、一本のエントリーにしてもらっていたのだ。本気だからこそ、凛は三人にそうお願いをした。そのことについて凛は改めて頭を下げたが、真琴から付き合いではないと否定の声が上がる。そのことは、誰もが分かっていた。樹も側に居て、それは感じていた。だからこそ、凛は嬉しそうに頷いた。そうだよな、と。


「…ずっと迷ってたけど。次のレース、勝っても負けても最後だから…その前に言っとく。だから、樹にも聞いてもらいたい」


遙と真琴の間に立つ樹の顔を見てから、凛は目を伏せた。何かを、思い出すように。


「俺の親父は、岩鳶スイミングクラブの一期生だったんだ。小学6年生のとき、メドレーリレーで優勝したらしい。――親父の夢は、オリンピックの選手になること。だけど、結局 親父は漁師になって船の事故で死んじまちった」


凛はオーストラリアの留学を決めたあと、同じスイミングクラブに入ってメドレーリレーで優勝が出来たら、父親と同じ夢を見られるかも知れないと思ったことを伝えた。父親のチームは、どんなチームだったかは知らないがきっと最高のチームだったんだろうと。だから、自分も作ってみたかった。最高と思えるチームを。


「俺もお前らと、最高のチームになりたい。自分勝手なことかも知れないけど、最高のチームになりたいんだ」

「…もうなってるよ、凛。ハルや真琴、渚の四人は最高のチームだよ」

「あぁ、そうだな。でも樹、ひとつ違う!お前も、このチームのメンバーなんだよ」

「え?」


すでに四人は最高のチームであること樹が口にすれば、凛はそのメンバーは四人じゃなくて五人であると告げた。メドレーリレーは四人だが、チームは五人。仲間であると。その言葉に、遙、真琴、渚も頷く。そして、決勝を迎えたのだ。


「―――俺たちは、メドレーリレーで優勝し、凛はオーストラリアへ旅立っていった。“見たこともない景色、見せてやる”凛はそう言った。あの決勝で俺は、本当に何かが見えた気がしたんだ」


浜辺で語る遙の言葉に、続けて渚、真琴も口にした。遙と同じように、見たこともない景色を見たと。

「私も、大会にいるとは違う…何か違う、景色が見えていたよ。皆の声が聞こえて、私自身も泳いでいるようなそんな景色だった」

渚は目を輝かせて、大きく頷いた。嬉しそうに、真琴と喜ぶ。大会のあのとき、四人のメドレーリレーで何を見たかは、言っていなかったからだ。

「だったら、なぜ!そんな、素晴らしいリレーを泳いで…しかも優勝までして、なぜ今はこんな関係になってしまったんです」

関係が崩れてしまった理由、その原因ともいえることを遙は再び語り始めた。


「中学1年の冬休み。帰省していた凛と、ばったり会ったんだ――」


会った凛は、どこか素っ気ないというか、元気のない様子だった。そのまま凛に、久し振りに泳いでみないかと持ち掛けられ、閉館間際の岩鳶スイミングクラブに行って勝負をすることになった。結果は、遙の勝ち。凛はひどく落ち込んだ。


「――待てよ、凛!どうしたんだ!今日のお前、おかしい」


勝負後、何かから逃げるように立ち去ろうとする凛の腕を遙は掴まえた。そして会った始めから、気になっていたことを口にする。だが、その腕を振り払われ、凛から告げられたのは“やめる”という言葉だった。


「は?……」
「俺はもう、…水泳やめる」


凛はそのまま遙に背を向けて、走っていってしまい再び再会するときまで―――それっきりとなってしまった。


「それ、僕も知らなかったよ。だから、ハルちゃん中学で水泳部やめちゃったんだね」

「凛を傷つけてしまったことで罪悪感を感じたハルは競泳をやめた」

「あのときは、皆には言えなかった。俺が、きちんと言えてれば……樹が事故に遭うこともなかったのにな」

「待って、ハル。それと事故は関係ない!」


遙は首を横に振って、そうでもないと口にする。真琴もそのことに、ひどく辛そうな表情をし顔を曇らせた。状況を飲み込めないというように、渚と怜が樹を見つめる。


「樹の事故は、……俺が泳いでいたレーンで待つように泳いでいて起こった事故だ」

「俺も、ハルと同じだよ。ハルが部活をやめたあと、俺も似たような状態になって…樹ちゃんを独りっきりにさせてしまっていたんだから」


二人はごめんと口にして、樹へと頭を下げた。樹は、二人のせいじゃないと言って何度も顔を振って空を見上げた。


「私は、泳ぐよ。皆の大会が終わったら、絶対に。だって、誰かのせいじゃないから!だから、謝らないで!」

「……イツキちゃんっ」

「とにかく、私の話はいいから。これで終わり、ね!」


凛との話に関係ないと言うように、樹は話を元に戻させた。


「遙先輩の、……前の勝負でもう全て終わりじゃないですか!遙先輩は自由になれた。これから好きに泳げばいい。なのにまた、負けたことに悩んだり…向こうは向こうで今度はリレーで勝負を挑んできたり、意味が分かりません!」

「レイちゃん?」


怜の言葉に、遙はくすっと笑みを零した。


「それは、俺にも分からない。だけど、また凛と勝負出来ることが楽しみなんだ」


樹も、その気持ちは同じだった。また二人の泳ぐ瞬間を見れることが楽しみであると。


“その理由は――”


きっと、大切な仲間が泳ぐ瞬間だからだ。


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