「オラオラァー!もっと気合い入れてけぇー!」
地方大会のために、笹部コーチが練習を見てくれることになった。気合いの入れ方が違う、笹部コーチの喝がプール内、全体へ響いていた。渚のブレを見ては 悪い個所を指摘し、真琴のバックを見ては、的確に指示をする。
「ふぇー。コーチ引き受けてくれたのは嬉しいけど…、やっぱ、吾朗ちゃんの特訓メニューはキツイよー」
「さすが、鬼の吾朗って言われただけはある」
「はい、二人ともお疲れ」
プールサイドに上がった渚と真琴に、スイムタオルを樹が笑いながら渡す。
「樹ちゃん?」
「なんか、スイミングスクールのときの思い出しちゃって」
「でも あのときの吾朗ちゃんは、そんなに怖くは無かったし、口調はまだ優しかったなぁー」
「確かに、面影は…ないかも?ね」
「まぁまぁ、みんなの大会に向けて笹部コーチも必死なんだよ」
三人でそんな会話をしていれば、また笹部コーチから声が上がった。引継ぎの練習を行なっている、怜と遙への喝だった。
「お前ら、全然わかってねえ…。はぁ、こうなりゃ あの手だ!」
四人を前にして、笹部コーチは顔を歪ませ樹と江に指示を出す。用意されていたある物の、設置を手伝えと言って。
「 コ レ で ど う だぁ!」
「「「うぉぉぉお!!!!」」」
長机の上に三台のモニターと、プール両端には水中カメラ付属の棒を手にする樹と、キャスターの付いたカメラを江が構える。水面の上にはレーンを通し、上からもフォームチェックが出来るようにカメラを設置した。用意周到さに、歓声が上がる。それと同時に、遙が泳ぎだし樹と江が走り出した。泳ぎ終われば、モニターでチェックを行なう。
「これなら みんな、水の中の手足の動きも確認できるね」
「本当ですね!これならどの角度からも、自在にフォームのチェックが出来る」
水面、陸、空からの三パターンの角度から、フォーム確認ができることにみんなが関心すれば、再び遙がスタート台へと向かった。その遙の泳ぎに引っ掛かりを感じる怜に対して、樹は少し気になっていた。
“とある日の練習風景”用具室に入った笹部コーチが、懐かしさで声を上げる。
「いやぁー!にしても、懐かしいな。用具室も昔とちっとも変わってねぇー」
休憩と言った笹部コーチが、用具室を見せて欲しいと言って、樹たちはそのあとを着いて行った。壁に設置されているひとつのロッカーを開いて、扉に書かれている落書きに目を丸くする。「まだあったよ、俺が書いた落書き」と告げて。
「FOREVAR IWATOBI!」
「笹部コーチ“EVAR”はAじゃなくて、Eですよ!」
「そうだよ、吾朗ちゃん。綴り間違ってるよ」
マジックで、でかでかと書かれたその文字に樹と渚が食い付いた。細かいことは気にするなっと笹部コーチが告げれば、遙が口にする。
「コーチの腕とは関係ない」
「まぁ、腕とは関係はないね」
「そうだね、吾朗ちゃんのおかげで引継ぎも上手くなった気がするし」
「うん、この調子で頑張ろう。リレーでまた凛と勝負するために」
自分たちの上達を実感する渚と真琴に、笹部コーチが口角を上げ腰に手をあてて笑う。
「おぉぉ!その意気だ!そろそろ、マジで行くぞぉー!」
「えぇぇー!!」
その輪から外れるように怜がひとり用具室から出て行ってしまう。遙と樹が目で追えば、横にいた笹部コーチから樹に声が掛かる。
「ところで樹、お前はどうして泳がない?お前は、屋内よりも野外プールの方が好きだろうが」
「えっと、樹ちゃんは…今 俺たちの大会のことを優先してくれてて」
「そうそう!イツキちゃん、何気にマネージャーとしても凄いんだよ」
江と一緒に樹が、マネージャー業をしていることに笹部コーチは気になっていたのだ。笹部コーチが知る樹は誰よりも浮かんでいた女の子だった。
心配するように遙は「樹っ?」と口にする。樹は、戸惑いながらも答えることにした。嘘を言ってもしょうがない。
「いいよ。真琴も、渚も、ハルも。プールで泳ぐのが怖くなっちゃって…。それで泳げてないんです」
「んなもん、荒治療すりゃあ一発だっ!樹、行くぞー!」
「え!ちょっと!?」
笹部コーチは言うと同時に、樹の腕を取ってプールサイドへと戻る。プールの横へ着けば、笹部コーチが背後から腕を回し体を宙に浮かせた。今にも落とされそうな予感がして、樹は手足をバタバタさせる。
「樹、俺に任せりゃあいいんだて。おりゃあー いっくぞー!」
「ちょ、待って!嫌ぁ…、無理だってー!!嫌ー!!」
樹の声がプールサイドに響き渡り、空気が凍った。
「樹!」「樹ちゃん!」
体が宙に浮いて、今にもプールへと投げ飛ばされそうになるがプールサイドにストンっと足が着いた。それは、ほんの少しだけのことだった。
「んな、顔すんなって。すぐに放しただろうが。第一、お前らだって樹と泳ぎたいだろうが?」
座り込む樹に江は、大丈夫ですかと口にし駆け寄った。樹から背を向けた笹部コーチの前には、怖い顔をした遙と真琴がいる。
「樹の気持ちを、大切にするって決めたんで」
「いくら笹部コーチでも……樹ちゃんに無理させたら、許しませんから」
「ったく、悪かったよ」
「私は大丈夫だよ、二人とも。それに、コーチは泳げない理由を知らないんだし…驚かせてしまって、すみません」
顔を下げた笹部コーチに、樹も江の手を借りて立ち上がり、申し訳ない顔をし口にした。笹部コーチは、自分の手を叩き「詫びと言っちゃあ、アレだが…。明日、お前ら全員俺の家に来い!決起集会だっ!!」と、告げるのだった。
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