小学6年生の冬、凛は岩鳶小学校に転校してきた。季節外れの転校生が遙、真琴、樹に大きく関わるとは思ってもいなかった。それは残りわずかな小学校生活で、色強く覚えている。

「初めまして松岡凛といいます。佐野小学校から来ました。女みたいな名前ですが、男です!」

赤髪、赤い瞳と鋭い歯が印象的な、男の子。季節外れの転校生登場で、教室の生徒の視線は自ずと凛へと向けられる。後ろの席に座る真琴は、隣の席の遙と目の前に座る樹へとコソッと小声で話しかけた。

「ハルっ!樹ちゃんっ!松岡くんって」

一度、見たら忘れない特徴。あの泳ぎの速さと、明るくて人懐っこい笑顔が印象強く、大会で何度か顔を合わせていたことを覚えていた。
遙は驚いているだけで何も言わないが、樹は顔だけを真琴へと向けてコクンっと頷いた。

「よろしくお願いしまぁーす!!」

深く頭を下げた凛に訊くしかないと思い、三人は凛を学校のプール脇に立つ桜の木の場所へと連れ出した。校舎とプールの間に立つ大きな木に、凛は物珍しいというように下から見上げる。花も葉もないが、その桜の木はでかく、力強い印象を与えていた。

「すっげぇーな、この木。桜かなんか?」
「桜だよ」

見上げて質問する凛に、真琴は桜であることを伝えた。

「そっかぁ。じゃあ 春になると、桜の花が散ってそこのプールにいっぱい落ちるんだろうな。泳いでみたいよな桜のプール」

プールへと体を向けて告げる凛は、きっと想像をしているんだろう。でも、それは寒いんではないとか樹と真琴は思ってしまう。

「それって4月だから無理だよ。まだ、暖かくないよ!」
「そうだよ、水が冷たくて無理だよ。やっぱり夏になってから泳いだ方がいいと思うよ」
「冗談だよ、冗談。そんな、真面目な顔して答えんなって」

手の平を広げて、訂正する凛に今まで黙っていた遙が口を開いた。


「お前に訊きたいことがある」

「うぉ!なんだぁ?転校生は、初日で締めておこうってか?」

「違う、違う!ハルも真琴も、そんな怖いことしないって」

「僕たち4人共、大会であったことあるよね。樹ちゃんは女子の部になっちゃうから、松岡くんは知らないかもしれないけど」

「あっ!覚えててくれた。俺、朝日奈…さんのこともちゃんと知ってるぜ」

「え、私のことも知ってるってどうして」

「バック、気持ちよさそうに泳ぐのが印象的だったから」


凛の言葉に、遙は眉をつり上げる。表情が少し怖くなっていた。

「そんな怖い顔すんなって、たまたま引っ越して来たらこの学校だったんだって。ホント、偶然って怖いよね」

それが、凛との会話だった。市の大会で、何度か顔を合わせたことがあるが遙も真琴も、樹もまともに話したことは無かった。


「松岡凛といいます。佐野スイミングクラブから来ました。女みたいな名前ですが、男です!」


それを聞くのは二度目だった。偶然って重なるよねと凛は言っていたが、岩鳶町にスイミングスクールはここにしかない。
遙の泳ぎを見て、凛は目を輝かせて隣のレーンのスタート台へと立つ。遙と泳ぐために。
その光景を真琴と樹は見つめていた。凛と関わることは、きっと必然だったんだろう。


“君がいる思い出”


自分たちがいたことを残して、小学校を卒業していく―――。
桜の木の周りに花壇を作り、花を植える。それが私たちの卒業制作になった。各班別れて、どんな花壇でどんな花を植えるか考えるために絵を描くことになった。
だが、凛は遙に違うことを話しかけていた。ここ数日前から、凛が口にすることだ。

「なっなっ、七瀬!考え直してくれた?」

隣で作業をする遙へと、覗き込むように凛は告げた。

「何を?」

「メドレーリレーのことに決まってんじゃん。今度の大会、俺と出ないかってこと!」

「俺は、フリーしか泳がないって言っただろ」

「拘るねぇ、七瀬は。いいよ、フリーで。橘はブレかバックのどっちかで。ホントは、朝日奈が女じゃなければお前にバックやってもらいたいぐらいなんだけど」

「…ごめんね、女の子で」

「いや、そうじゃねえ。それに、お前は女じゃなければ困る!」

凛は焦るが、樹はあまり分かってはいなかった。その話を聞いていた遙の、色鉛筆を握る手に力が入る。あと一人をどうするかっと口にすれば画用紙に、向けていた顔をついに遙が上げた。


「樹を、巻き込むな!第一、俺はフリーしか泳がないって言ってんのに 勝手にリレーの話進めんなよ」
「だから、七瀬はフリーでいいって言ってるだろ!」
「ちょっと、二人とも落ち着いてって!注目浴びてるからっ!」
「あぁ、えっ…フリーで、だから花壇のレンガにさ、みんなで好きなメッセージを書こうっていう話。自由に!フリーに!」


凛の機転による提案から、卒業制作の花壇が決まる。そこから、少しずつ凛の存在がでかくなっていく。スイミングスクールの帰り道に、遙が自転車を使わず走って帰るようになったのも凛の影響だった。


「七瀬ってさ、なんであんなにもフリーに拘るんだろ。フリーしか泳がない、とか言って」

神社の石段に腰掛けた凛は、足元にあった小石を手にし数歩離れた位置の缶へ、当てるために投げつける。その数段上には真琴と樹が座っていた。凛の問い掛けに、真琴が告げる。

「ハルは、別にフリーが好きっていうわけじゃないと思う」
「じゃあ、なんで」

幼馴染みで、隣を泳いできたからこそ樹も真琴も分かること。

「私も真琴も、聞いた訳じゃないけど、ハルは水の中にいることが一番自然なんだ」
「うん、だからフリー」
「…わけわかんねぇ」

凛は立ち上がり、さらに小石を手にし遠くへと投げつける。遙がリレーに出てくれないかと口にし。

「でもさ、松岡くんの方もどうしてリレーに拘るの?」

最初、凛はリレーに拘るわけをはぐらかしていた。色々あると言って。
それを、きちんと教えてもらったのは大会当日のことだった。

――小学校生活は残すところ、あと一ヶ月ちょっと。花壇のレンガブロックには、自分たちのメッセージが書かれてある。凛から水泳の勉強をしにオーストラリアに行くことを、桜の木の前で告げられた。


「凛、いきなりどうして?」
「樹、これはいきなりじゃないんだ。留学は、ずっと考えてた」
「お前、何がしたいんだ」
「オリンピックの選手になる」
「どうして、黙ってたのさ!リレーはどうするの?」

真琴は驚き声を上げれば、凛はリレーには出ると言った。
出発は大会の翌日。凛が遙たちと泳ぐのは、それが最後となる。凛が背を向けて立ち去ろうとすれば、遙は口を開けた。

「俺はフリーしか、泳がない」
「リレーじゃなきゃ、ダメなんだ。これが最後だ。一緒に泳ごう、七瀬」

凛が振り向けば、遙と視線が合う。その瞳は真意なものだ。

もし一緒に泳いでくれたら―――――
「見たことのない景色、見せてやる。樹、お前はそれを見届けろ!お前にも見せてやるから」


それが、凛の言葉だった。樹は、江から凛がリレーに出ることを聞いて思い出していた。泳がなくて済むと言った凛が―――。


「……また、ハルと泳いでくれる」


夜に溶け込むように 樹は海を眺め、海風を感じながらポツリ呟くのだった。


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