凛は、走っていた。答えは分からないが、求めるものは分かっていた。樹に訊いたことは、自分に言ったようなものだった。そして、それを言う為に。

「松岡?何してるんだ、お前」

「ちょうど電車、来るところでしたよ」

岩鳶駅ホーム。肩を下ろし、息を整える凛の前には御子柴部長と似鳥がいる。

「部長、話があります――」

この気持ちもきっと、これで分かるかも知れない――。


「俺、こいつらを早く入れ換えてやりたいから」


真琴は手に持つ金魚を掲げて、申し訳なさそうな顔をし家まで送れないことを謝った。渚と怜を、駅まで見送ったあと、真琴から告げられた言葉。そんなことを言っても、あとは一本道だ。

「うん、大丈夫だよ。私、ひとりでも帰れるって」

「…俺が樹の家まで送る」

「えっ、ハル?」

少しだけ、複雑そうな真琴だったが遙に頼むねと告げる。


「樹ちゃん、明日ね」

「うん、また明日」



――漁港の通りを二人だけで歩く。静かな通りに、カランカランと下駄の音が響き渡っていた。


「ハル、祭り楽しかったね。昔みたいで」


隣を歩く遙へとポツリ呟くが、返事はなかった。視界の端から遙が消えてしまう。遙が立ち止まったことで、樹も足を止めた。


「……樹、ずっと言いたかったことがある」

「ん?いきなり改まって、どうしたの」


背中越しに聞こえてきた遙の声に、樹は振り返ろうとすれば そのまま背後から抱き締められる。 樹は肩が跳ね上がり 遙の行動に驚くが、遙は気にする事も無く抱き締めた。


「そばにいて欲しい。ずっと樹に、そばにいて欲しい」


視界に入るのは、遙の少し焼けた水を掻く伸びた腕だ。首筋に遙の柔らかな髪が当たる。


「……そばにいるよ。私はハルたちの」
「違う。そういう意味じゃない」
きっと、樹のその答えは幼馴染みとしての答えだ。そうじゃない、

耳元で囁かれる、いつもよりも低い声色。そのまま、ギュッと腕に力を入れられる。


「俺は、ひとりの女の子としてお前がずっと好きだった」

「!っ、………えっと、あの、ハル、その」

「悪い、困らせたい訳じゃない。お前が今、優先したいことを一番に考えろ。そのあとでいいから」


抱きめられた腕を、遙はゆるりと動かし 樹の身体を反転させた。向かい合わせになれば、視界いっぱいに遙の顔が映る。


「優先?」

「あぁ、優先したいこと。今、樹は何を思う?」


その言葉に樹は戸惑うが、今思うことを口にした。「真琴、渚、怜、ハルの四人のメドレーリレーと、地方大会のこと、凛のハルや真琴、渚のことかな?」と。それは、全て自分以外のことだった。


「お前のことは、無いのか?」

「え?」

「また泳ぎたいって、お前は我儘になっていいんだ。俺が泳いでいたレーンで待っていてくれたこと、真琴から聞いた。ごめん、樹……」

「なんで、ハルが謝るの?」

「そこで、そのせいで 泳げなくなったろ」


弱々しく聞こえてくる声に、樹は力いっぱいに頭を左右に振った。


「誰も、悪くない。だって、あれは予想できなかったことなんだよ」
――事故は、誰が悪いとかはない。ハルが謝る必要なんかないんだ。

「自分のことでいっぱいになっていて、大切にしたいお前のこと 見れていなかった」


遙は、腕を外すことはしない。離さないと言うように。回される腕が少し強くなるが、痛くはない。
遙から、我儘言っていいんだ、と耳元で呟かれる。
我儘と聞いて、樹は溢れて来てしまう。心にずっと突っかかるように引っ掛かっていたものがあった。喉につっかえながらも、言葉が次々と出てきてしまう。


「…っ、泳ぎたいよ。羨ましい、ハルや真琴、みんなが。ずるいよ、みんなばっか。……また、空を見たいよ。ハルや真琴と、みんなと一緒に泳ぎたいよ」
――泳ぎたいのに、泳げない。それが、こんなにも苦しいなんて…思っても見なかった。

「っ、樹」


ずっと胸の中で、引っ掛かっていたこと。羨ましい、ずるいっという言葉を口に出したら、一緒に泳ごうっと言ってくれているみんなに申し訳ない気がして言えなかった。心の突っかかりが消えていく。
気付けば、溢れてくる涙を、遙の指の平で何度もなぞられていた。涙を掬うように。


「大丈夫だから…、ハル。ありがとう」


それと同時に、また遙に腕を回されるのだった。


“走りはじめた気持ち”


昨日の今日。地方大会に向けて頑張ると告げたみんなの気合いが、一段と違っていた。すぐにでも始められるように、着替えてプールサイドで遙たち四人は身体を解していた。


「樹ちゃん、昨日大丈夫だった?」

「え、」


プールサイドの階段を上がろうとすれば、上から声が掛かる。真琴が心配そうに顔を覗かせた。


「大丈夫って、何にも真琴が心配することないよ」

「そっか、ならいいんだ」

「ほら、真琴も柔軟!そして、ウォーミングアップ!」

「え、あ、うん!わかったから、樹ちゃん押さないで」


真琴の背中、力いっぱいに両手で押せば真琴はバランスを崩しそうになってしまう。そこへ聞こえてくるのは、息を切らすように走ってきた江の声。


「大変です!お兄ちゃんが地方大会、リレーに出るって」

「「「えぇ!?」」」


凛がリレーに出る。その言葉に、遙は肩を上げ樹の鼓動が大きく揺れた。


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