携帯のメール画面。岩鳶小学校にいる怜からの凛を“見失いました…。”の連絡に、渚は思わず呟いてしまう。

「えぇ、じゃあ、凛ちゃんまた近くに」
「さっきから、何やってんだ?」

屋台に目をやっている遙、真琴に背を向けて、渚はしゃがみ込む。怜とのやり取りを行なおうとすれば、後ろから遙に声を掛けられてしまう。

「ハルちゃん!?今の聞いて――」

遙にバレてしまったならばと、渚はすべて伝えることにした。凛を祭りで見たこと、怜に尾行をお願いしていたことを。


「もういいから、怜に戻って来いって言ってやれ」
「うんっ」
「あ、俺が行くよ」
「いいよ、マコちゃん。僕が行くから」
「いや、でも……」


真琴は樹が凛と一緒だったなら、きっと岩鳶小学校にいるだろうと思い自分が行こうと告げたが、渚は押し切るように高台の鳥居で待っていてっと告げた。



「“今、渚たちと屋台回ってるから用が済んだら教えて”……っか」

何て返せばいいんだろうと悩んでいれば、少し離れた場所でフェンスが揺れる音がした。目を向ければ、怜が気まずそうな顔をして立っている。


「怜くんっ、ひょっとしてさっきの聞いてた?」
「いえ、あのっ!僕は別に」
「そんな焦らなくても。話、もし聞こえていたなら誰に言わないで貰えると嬉しいかな?」
「……はいっ」
「戻ろうっか?」

真琴からのメールに、“怜くんと会ったから、今から戻るね”とそれだけを打って送信ボタンを押した。


「はい、ハル」

「サンキュ」

緩やかな山沿いで出来た参道道。展望から、漁港一帯に広がる屋台と提灯の灯りを見渡すことが出来る。真琴は、ふたつ持っていた缶ジュースのうち ひとつを高台の柵に寄りかかる遙へと渡した。


「俺さ、この前のリレー ぶっつけ本番で必死だった。樹ちゃんに、リレーのことをハルに伝えるとき、樹ちゃんの分も泳ぐって言ったんだけど…途中から がむしゃらだった」

次に繋げなきゃって、がむしゃらに泳いで。

「でも、泳いでいるうちに思い出したんだ。あのときの景色。ハルとみんなと泳げて俺は嬉しかったよ」

「………俺はっ、」


真琴の言葉を聞いて、遙は目を一度伏せ顔を正面へと向けた。


「わからなくなった。泳ぐ理由なんかなくていい、水を感じられればそれでいい、今まではそう思ってた。だけど、アイツに負けて目の前が真っ暗になった。気付いたら、何で泳いでいたのか、泳ぐ理由を探してた」

凛が告げた“これでもうお前と泳ぐことはねえ。二度とな”と言った言葉。

「俺は、もう凛とは泳げない」

遙の言葉に、真琴は息を飲む。


……すべて、どうでも良くなった。大会も、何もかも。
「でも、そんなときにお前たちの試合、そして席から応援する樹の姿を見たんだ。俺はずっとこいつらと、頑張ってきたんだ。そう思った」

ただの人数合わせにしかならないかも知れない。でも、お前たちがリレーに出てみたいなら出てみようって。

「そのときに、思い出したんだ。ひとつのコースを繋いで泳ぐこと、ゴールをした場所にみんながいること、あいつが見ていてくれること」

目に焼き付いている、あの光景。そして同じように、思い出せる小学校で泳いだメドレーリレーの記憶。必ず、そばにいてくれる仲間と樹の姿を。

「そのことが、…嬉しかった!俺も」

「ハルっ!!」

遙は自分の鼓動を握るように、胸を押さえながら強く告げた言葉に感情が溢れそうになる。


「ハル!」

「樹ちゃん?」


――怜と祭りへと戻ろうとすれば、渚と合流した。怜は「樹先輩と途中で会ったんで」と言って誤魔化してくれてはいたが、渚が納得をしてくれたかは微妙だった。

高台にある鳥居の場所に、二人が待っていることを教えてもらい足を進めれば真琴と話声が聞こえて、足を止めてしまっていた。二人の話に耳を傾ければ、気持ちが嬉しくなって、樹は自然と遙の名前を口に出していたのだ。

「ハルちゃん!!今の言葉、ホント!!」

「渚も怜も、いつの間に!」

「答えはもう、出ています!遙先輩」

それは側で聞いていた 渚、怜も同じだった。

「渚、怜、真琴、俺もリレーに出たい。お前たちと泳ぎたい!もう一度」

名前を告げられ、お互いの顔を見合わせて大きく頷いた。正直、羨ましいと樹は思ってしまう。
遙から、付け加えられるように「あと、」と言われる。遙は真琴と頷いた。

「樹」

「樹ちゃんも」

「え?わたしもっ」

「そうだよ、樹ちゃんもいないとダメなんだって」

自分を指差すように戸惑えば、渚から「当たり前だよ」と言われ、怜からは「ですよ」と言われる。みんなの中に、自分がいることが嬉しかった。

「うん!」

嬉しい笑みが零れれば、明日から全国を目指して猛特訓という話になり、そろそろお開きにしようという流れになる。だが、それを遙が止めた。最後にひとつ、したいことがあると。


「凄いですね!遙先輩」

「ハルは、昔からこういうの得意だよね」

真琴の手にある金魚袋の中で、ゆらゆらと泳ぐ金魚を見て 怜と樹が口にする。遙がしたいことは、金魚掬いのことだった。

「ホントに、俺が貰っていいの?」
「あぁ」
「マコちゃんしか、ちゃんと世話する人いそうにないもんね」
「ちゃんと世話するよ」
「金魚も五匹で、私たちの数とぴったりだね」
「せっかくだから、名前付けませんか?」
「それじゃあ、渚、怜、遙、真琴、そして樹でいいんじゃないかな」

渚の提案に怜が小さな不満を漏らせば、遙から 鯖、カツオ、マグロ、アジ、秋刀魚と告げられる。遙らしい、ネーミングセンスだ。

「じゃあ!金魚1号、2号、3号、4号、5号は?」
「樹先輩も、それはちょっと」
「えぇー、ハルも樹ちゃんも」
「あははははっ」


“大切な人たちがそばにいる”


みんなで笑うその声は、夜空へと届いていくようだった。



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