「ハル、樹ちゃんは?」


渚と真琴が一緒に、休憩所に戻ってみれば遙のみで樹がいないことに口にした。


「用が出来たとかで、少し席外すって言って離れた」

「離れたって、え、用って、誰と…?ハルは、何か訊いた?」

「どうしたの?マコちゃん……」


先ほどとは様子が違う真琴に、渚も口にした。詳しくは訊いていないと、告げられる遙の言葉に凛に会うために離れていったんじゃないかと考えてしまう。


「何かあったら、連絡をすると言っていたんだから大丈夫だろ」
「そうだよ、マコちゃん。イツキちゃんだって、子供じゃないんだから」
「………うん、そうだよね」

凛と会っているかも知れないと思う真琴だが、それを言う訳にもいかず樹に確かめることが出来ない自分に苛立ちを感じてしまっていた。



「ホシの推定身長177、体重68、赤毛に鋭い歯が特徴。尾行開始!」

怜が、特徴を口ずさみながら、凛と似鳥の二人を追った。
似鳥が御子柴部長のことを歩きながら口にするが、凛は感じる視線に振り向きながらも、ある場所へと向かっていた。

――“現在ホシは海岸沿いの屋台を抜け大通りに向かっています。オーバー”


「了解っと」


屋台で買った物を一通り食べきれば、渚は射的がしたいと告げ、遙と真琴を連れて射的の屋台で遊んでいた。
丁度来た、怜からの報告に渚はメールを返せば、遙を凛のいる場所へと行かせないように誘導させた。



「なぁ、りんご飴は!?」
「それは あとでも食えるから、今は射的を優先しようぜ」

聞こえてきた言葉に樹は、反応してしまう。屋台を通る途中に女の子が1人混ざった小学生5人組グループを見掛けて、樹は思い出していた。


“りんご飴食べたーい!!”

小さい頃、美味しいものは何度でも食べたくなって、それが祭りでないとあまりお目に掛かれないとなれば尚更食べたくなるものだった。そして、決まって渚が元気よく手を上げて言葉を続ける。

“イツキちゃんと同じく!!”
“えー、早く射的やろうぜ。いい景品が無くなっちまう”
“ちょっと、樹ちゃんも渚も、さっき食べたよね”
“射的の屋台に行く間に、りんご飴が売ってるから1つ買って回せばいいだろ”
“おぉ!ナイス案だね、ハル”


子供の頃の思い出。夏祭りを五人でっというのは無いが小正月の時期に、岩鳶町では海・山・豊作祈願の祭りがあった。夏祭りの屋台よりは劣るが、遊ぶには十分だった。
凛は射的をして景品を落とすという目標を立てて、樹と渚が、目移りしてしまう屋台に、あれが欲しいあれが食べたいと好き勝手なことを言っていた。そして、真琴を困らせ、遙が上手い具合に舵を取っていたことを。
カランカランと下駄の音を聞きながら、人の流れとは逆方向に歩いて、樹は大通りを抜けた。


「もうそっちには、屋台出てないですけど?」
「わかってる」
「戻りましょうよ」
「約束があるんだ。あいつが来るかは分からねえが」
「あいつって、七瀬さんですか」
「ちげぇ!」

否定の言葉を告げた凛は、似鳥に「お前は戻れ」と口にした。凛は、そのあとを怜が尾行しているとは露知らず。


“思い出は目に焼き付いて”


閉まられている校門も、鍵は開いている。ガラガラと音を立てて、重い門を引いた。小学校の門だからか、簡単に開いてしまう。
勝手に入ることへの、少しばかしの罪悪感と小学校の懐かしさを感じながら樹は、母校の岩鳶小学校へ足を踏み入れた。


「……いないし」


プール前に植えてある桜の木。卒業制作で創ったブロック花壇。

――ここにあるのは私たちが創った思い出のメッセージブロック。ハルと真琴、そして凛と水泳の話を、何度も話した。メドレーを誘った凛から、オーストラリアへと留学すると告げられた場所。あの言葉を聞いた、場所だ。

耳を澄ませば、フェンスの揺れる音が聞こえてくる。目の前には、プールを挟んだ反対側のフェンスを掴み、顔を歪ませる凛の姿があった。それは酷く哀しそうで、切なそうで、こちらの胸を締めつける。


「……凛っ?」


凛のいる場所へと回るため、樹は一度学校から通学路へ出てプール側へと足を進めた。カンカンと聞こえる音が響いて、その音へと、凛が顔を向ける。


「凛、」

「……来てくれたんだな、樹」

「どんな顔で行けばいいか分からなかったけど……。“来るまで”って言われたら行くしかないでしょ?」

「わりぃ」


樹へと顔を向けていたが、凛は再びプールへと戻した。フェンスがカシャンっと揺れる。

「話って……」
「大会の日のことは、謝らねえから」
「えっ?」

聞き返すように言葉を紡ぐと、凛と視線が重なった。あの時と同じ眼で見つめられる。逃げられない、赤くて、強い瞳。


「俺はお前のことが好きだ――――」

――っ、凛が、私を好き……?って

「初めて大会で樹の泳ぎを見てから、俺はずっと、樹が好きだった」


動けないままでいる樹の横へ、凛は立ち「返事は、今すぐじゃなくていい。考えてくれないか」と耳元で告げられる。

「…………凛、あの」
「なぁ、樹は……あいつらと泳ぎてえって思わねえのか」
「……泳ぎたいよ。だけど、プールの水が少し怖い」
「俺が、付き合ってやるよ。泳げるように」

樹は、凛の言葉に首を振った。思い出す、真琴との約束。

「いい。真琴と約束してるから」
「……やっぱ、決まってんだな」
「えっ?」

凛は、肩に手を置いて「浴衣姿、似合ってねえぞ」とポツリと呟いた。

「…やっぱり、似合ってないかぁ」
「バーカ、嘘に決まってんだろ。ちゃんと似合ってる。惚れ直すぐらいに、な」

それだけ言って、凛は駅へ向かうために走り出してしまった。凛の言葉を思い出して、樹は 聞こえてくる携帯の受信音に気付くまで立ちすくんでいた。


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