「ま、つり……?」

遙の目の前にいるのは、パステル調の水色地に大小異なる水玉模様の浴衣を着た渚と、いつもより少しラフな格好の真琴がいる。遙は、自宅の玄関で渚に告げられた言葉を繰り返した。

「そう!今日は八幡さまの夏祭り!行こうよ、ハルちゃん!すっごく、面白そうだよ」

「……俺は」

自分はいいと言うように、顔を横へ背ければ真琴が告げる。

「あの神社、水神様を祀ってるし」

「ほらっ、イツキちゃんも そこで隠れてないで」

岩鳶町で行なわれる夏の催しもの。部活終わりに開催が今日だと知った渚は、みんなで行こうと告げた。部活が終わったあと、先に帰ってしまった遙を誘いに、渚、真琴、樹が遙の家へと訪れていたのだ。
ただ一人だけ玄関の中には入らず、外の物陰に立っていた樹を渚は引っ張って、中に入ってと口にする。


「ちょっと、渚!?」

「樹っ……!」


渚に引っ張られるように現れた樹は、淡い色合いの浴衣で大人びた空気を纏っていて遙は固まってしまう。いつもと違う雰囲気に、遙が何も言えないままでいれば樹が口にする。


「えっと…、地方大会の前に、みんなでお参りしようってことになったんだけど」

「そういうこと。みんなで行かない?ハルが良ければ」

「レイちゃんも、ハルちゃんが来るの待ってるんだよ。“みんなでお参りしないと意味ありません”だって」


渚がする怜の真似に、樹と真琴が笑っていれば、断ろうとしていた遙から「分かった。着替えてくる」と一緒に行くという言葉が返って来たことに、三人は喜び お互いの顔を見合わせるのだった。


「可愛いよねえ、イツキちゃんの浴衣姿!」


怜との待ち合わせ場所へと向かう道すがら、渚がおもむろに口にするので樹は吃驚してしまう。


「え、渚!?いきなりどうしたの」

「うーん、なんでマコちゃんもハルちゃんも思っていることを口に出さないのかな?って思って」

「そうかな?……でも、ありがとう」

「ん〜でも、イツキちゃんが料理は出来ないけど浴衣が着れるのは意外だったかなぁ〜っ」

「意外って、渚が着て来てって言ったんじゃん!!」


本当は私服のまま行っても良かったのだが、渚にすすめられるがままに浴衣を着て、渚と一緒に まずは真琴と合流をしたのだ。真琴も遙も同じような素振りで、浴衣姿に何も言ってくれてはいなかった。
若干、落ち込み気味で足を進めていたことで、隣を歩く渚がコソッと告げてくれる。最後の言葉は余計だが、不思議と気持ちが軽くなっていた。


「あ、怜くん」

「おーい、レイちゃーん!!」


黒地に紫ラインが四方に入った浴衣を着ている怜の姿を樹と渚は発見する。渚の手を振る姿に怜は気付き、四人の姿を確認し嬉しそうに微笑んだ。

「お待たせ」
「怜くん、待ったよね。ごめんね」
「いえ、僕も今着たところですから」
「はっ!さすが、レイちゃん。マコちゃんもハルちゃんも、イツキちゃんとの待ち合わせは先に来て こういう風に言うんだよ」
「え、なんで?私との待ち合わせで?」

自分の名前が出てきたことに樹は、首を傾げるが誰も何も言ってはくれない。隣を立つ、真琴に視線を送ってみれば誤魔化すように目を細めて話を逸らされてしまう。

「えぇっと、とりあえず……先にお参りしてこよ」

「そうですね」

「じゃっ、レッツゴー!!」


“色鮮やかに色付いていく”


その頃、凛たち鮫柄水泳部も岩鳶駅に着いていた。凛の隣を歩く、似鳥の「先輩は、この辺詳しいんですよね」と告げる言葉にまあなっと答えるが、どことなく素っ気ない。小学生の女の子を入れた5人のグループを見て、凛はふと昔の出来事を思い出していた。



「いか、イカ、いか!りんご飴!イカッ!!」


イカの干物、イカ焼き、いかのヌイグルミ。港に上がる名産物でイカが多いことから、このお祭りの屋台のほとんどがイカにちなんだものが多い。

「うわぁあ、見事にイカだらけだ!!全然、変わってないやっ」
「イカしてますッ」
「ねぇ、マコちゃん、イツキちゃん!どこから回ろうっか?」
「スルー、しないでください!!」
「あ、そういえばイカを手で掴んで、最悪なときは墨だらけになる アレって何だっけ?」
「あぁ、イカス掴み天国のことだよね。もうすぐやるみたいだよ」

渚が怜のボケを流しつつ、真琴と樹にどこから回るかと訊けば、二人がここのお祭りの風物詩を思い出す。怜の得体の知れないものは何なんですか?と言われるが、あくまでもここも流して三人は怜へと顔を向けた。

「どうして、こっち見るんですか!?」
「レイちゃん?出場してみようよ」
「結構、面白いよ。きっと」
「樹先輩!それは体験談の感想じゃないですか!?嫌ですよ。何かヌルヌルしそうじゃないですか!?」
「レイちゃん、出場しなよ」
「嫌です!!!!」

渚は怜の腕を引っ張って、行ってみようと告げる。隣を歩く真琴と、屋台に顔を向けていた遙へと樹が声を掛けた。

「真琴、ハル、私たちも行かないと渚たち行っちゃうよ」
「あ、うん。ハル、逸れちゃうよ」
「あぁ、うん」

遙は 色鮮やかな渦を巻いたヨーヨーから、目を離し樹と真琴へと顔を向けた。

「あはっ、楽しそうだねぇ〜」

「ほら、やっぱり見てて面白いよ!」

イカス掴み天国、このお祭りならではのイベントで大の大人たちが巨大な生け簀に入って、イカを手掴みで取る内容だ。活きのいいイカは、そう簡単には掴まらない。楽しそうな雰囲気に、怜か真琴に参加しないかと渚は口にしていた。

「あ!やっぱり、来てたんですね」

「ゴウちゃん!」

「こんばんはっ」

イベントを見ていれば江と江の友達の千種ちゃんが、声を掛けてきた。その姿に渚、樹、真琴が反応する。

「浴衣だぁ!!」
「江も、お友達の子もかわいぃい!!」
「ホント、二人とも可愛いね」
「浴衣だけですかぁ?」
「そういうワケじゃあ…」

千種ちゃんの言葉に、たじろぎながらも真琴が答えれば 嬉しそうに江も千種ちゃんも笑う。江たちは、イカ墨書道大会を見てくると言って二人と別れることになった。
折角だから、自分たちも何か食べようという話になる。渚と怜が、遙の手を引っ張りながらイカ焼きがいいや、イカのパエリアがいいかと口にする。

「樹ちゃんは、何が良い?」

後ろを歩く樹に真琴が声を掛ければ、小声で気になっていたことを樹が口にする。

「……江や、江の友達には可愛いって言えるんだね。私の浴衣には、何にも言ってくれなかったのに」

「え?…えっ、樹ちゃん、それって…」

ヤキモチ?とボソッと呟く真琴に、樹は頬を赤らめて隠すように両手を振った。

「なんでもない!気にしないで」

訂正の言葉を告げたが、それと同時に腕を引かれ耳元に真琴の顔が近付いた。


「……言葉が出てこなかったんだ。似合いすぎて……」

「え?真琴っ」

「ほら! 樹ちゃん、置いてかれるよ」


真琴は、手を差し出しながらもすぐに背を向けてしまう。
差しだされた手が熱くて、樹は俯くことしか出来なかった。耳元が熱く 樹の頬が、照らされる灯りと同じように色付いていたとは、真琴は気付いてはいない。祭りは、まだ始まったばかりだ。


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