「樹先輩と話したんですが、これからは主にドリルを行ないたいと思います」

「反復練習と、ポイントの意識強化はやっぱり必要だからね」

プールサイドへと向かいながら、江は今日からの練習メニューのことを真琴、渚、怜へと伝える。
ドリルは、専門用語で反復練習のことだ。地方大会までに、意識を強めることでそれぞれが強化出来るだろうと樹と江は、その練習メニューへと辿りついた。


「怜くんの課題はキックの強化です。力強く素早いキックを身につける練習です」

「手で水を引っ張るタイミングも、キックのタイミングも怜くんは理解しているし出来ているからね。強化でもっと速くなるよ」

「了解です」


そして、渚は徹底的なスクロールの強化。腕の伸びひとつで、揚力をプラスして加速に繋がる。


「真琴先輩は加速をスムーズするための練習を」

「わかった。…樹ちゃん、俺には怜のようなアドバイスはないの?」


至近距離から、覗きこまれて樹は顔を横へ向けながら「S字プルの意識」とポツリ呟く。真琴は嬉しそうに、わかったと口にした。
真琴の一連の動作に無駄はない。渚と同じするようにポイントを強化するだけで、きっとタイムが変わる。
S字プルは伸ばした腕から、水の中では下に向かって円を描くように水を掻く動きだ。キャッチ、ストローク、つまり手や腕の流れひとつでスムーズになっていくはずだ。


横を向ければ、水の音に気がつく。そのまま目を向ければ、ひと泳ぎ終えた遙がプールサイドへと上がろうとしているところだった。

「あれ、ハル?」

「ハルっ!」

「もう来てたんだね」

樹の声に、真琴たちもつられるように目をやった。上がった遙へとスイムタオルを江を渡し、その様子を見た渚と怜は口にする。


「ハルちゃん、すっごいやる気だね!」

「それとも、フリーで負けたのが悔しかったからなんでしょうか」

「…かも、知れないね」

「多分、違うと思う」


二人の言葉に樹は違うと告げれば、真琴は複雑そうにその顔を見つめていた。遙の行動に、やる気と受け取った江は喜ぶが、遙は否定する。


「…いや、わからなくなったから泳いだ」


遙は、泳ぐ理由が分からなくなってしまっていた。大会を思い返しても、真琴、渚、怜、そして 観客席から応援する樹の姿を、思い出すだけだった。それが、胸を締めつけられるような感覚で自分を悩ませていた。


「水のことは水に訊こうと思って」

「それって、どういう――」

「じゃあ、みんな揃ったし。練習、始めようか」

「江は、私と一緒に練習の準備しないと」


江の言葉を止めるように真琴は動き、樹も話を切り替えさせた。


「あぁ、そうですね!各自、軽いウォーミングアップから」

「らっじゃ!」

「了解」


走り出した渚と怜に、江は注意にするために声を上げるが飛び込んだ水飛沫の音で消されてしまう。肩を落とすと同時に、江は溜め息を吐いていた。

「じゃあ、私は練習に必要なものの用意でもするかな」

その光景に笑みを浮かべながら樹は、用具室に向かうため背を向ける。
浮かない顔の遙と、用具室へと向かった樹の背中を真琴は複雑そうな顔で見つめていた。なぜ、遙が答える前に“多分、違うと思う”と言いきれたのかと。



“分からなくなった、気持ち”



泳いでも、泳いでも、拭いきれないメドレーリレーの光景。そして樹と真琴に言われた、あの言葉。凛は、凛で、ずっと何かに捉えられていた。遙に拘って勝たないと前へ進めないと告げていた凛へ似鳥から「これで前に進めるんですよね」と告げられるが、凛は自分の目を見開いてハッとする。
そこへ、御子柴部長から告げられる。これから水泳部全員で、八幡神へ必勝祈願に出掛けるとのことだった。


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