両手タッチから、遙はすぐにクラウチングスタートの姿勢で跳び出した。それからは、あっという間だった。怜から継いだ順位の5位から ひとり抜いて、タッチターンには3位までに上がっていた。伸びるストロークで差を詰めて加速する。気付けば目の前を泳ぐものは、あと一人。
「……ハル」
誰よりも水を感じたくて、先に泳ぐ者を追い詰める。だけど、これは少し違う。真琴、渚、怜から繋がったバトンを遙が紡いでる。
2位へと順位が上がれば、江や天方先生の声は大きくなる。
「先輩!!2位です!!2位ぃーーですよ!!」
「朝日奈さん!!2位ぃーよ!!」」
耳に届く声は、無音のようで目の前で起こっていることはスローモーションのようなコマ送りで物事が起こっているようだった。遙が並んだ後は、それはからは早かった。気付いたときには、遙が1位でゴールタッチをしていたのだから。
「樹先輩ーーー!!」
「キャーーーアア!!」
江と天方先生に挟まれながら、樹は放心状態だった。トクントクンっと鼓動だけが高鳴っていた。
「……ハル、真琴、みんな…」
遙は真琴の手を借り、プールサイドへ上がる。喜び合うその光景は、小学校のメドレーリレーのときがダブるように見えた。
渚が遙に抱きつき、怜と真琴が寄り添う。喜びの声とその笑みが、はっきりと聞こえていた。一緒に泳いで分かり合える、その喜びが。
“次へと、繋いでいく”「設立間もないにも関わらず、水泳部が見事県大会、ベスト8に残り地方大会へ進出を決めました。次は、全国大会の出場を是非とも叶えて貰いたい。以上――」
聞こえてくるのは、全校朝礼での校長先生からの有難いお言葉。真琴、遙、渚、怜と江の五人が朝礼台横に全校生徒へ向かって横一列に並んでいた。ただ一人、いなかった。
屋上から校舎壁面に垂れさがる大きな垂れ幕を眺める五人の前に、朝礼に居なかった樹が昇降口から現れる。
「イツキちゃん、どこに居たの?せっかくの表彰だったのにぃー!」
駆け寄ってくる渚に、空を指すように樹は笑う。
「上だよ。屋上から、見てた」
「いくら表立ったことが苦手でも、ダメだよ。樹ちゃんも水泳部員なんだからね」
「はーい、部長。……どうせなら、ハルも一緒にサボってくれれば良かったのに」
ボソッと最後の方は、小声で呟いたつもりだったが、真琴の耳には届いていて「樹ちゃん」と念を押されてしまった。
樹は、屋上へとサボる前に遙へと声も掛けたのだがさすがに選手がいないのはマズいだろうと言われ、ひとり屋上で朝礼の時間を過ごしていた。泳げないのが、やっぱり歯痒かった。だから、空を見ていたかった。
隣に立つ、遙へと顔を向ければ悪いと言いながら、視線を外されてしまう。その先にあるのは、垂れ幕の文字の“祝 水泳部地方大会出場”だ。
「アレ、用意いいよねぇ」
渚の言う、アレというのは垂れ幕のこと。っといっても、柔道部からの流用のもの。柔道部の部名に水泳部のものを貼り付けていた。
「でも、やっと実感湧いてきました。勝ったんだって」
「教室戻ったら、きっとヒーロー扱いだよ」
戻っていく怜と渚、そして 江は友達の姿を見つけて走り出す。
「勝った…かっ、」
「ハル?」
ポツリ呟いた遙に、真琴は顔を向けたがそのまま遙は校舎へと足を向けてしまう。
「……樹ちゃん?遅れるよ」
「あ、うん」
泳げないから、みんなが羨ましいっと思う自分がいることに樹は戸惑っていた―――
「樹ちゃん、部活行こう」
「あれ?真琴、ハルは……」
放課後、部活へ向かうために身支度をしていれば教室のドアから真琴が声を掛けてくる。遙が居ないことに樹が口にすれば、頬を掻きながら目を細めた。
「遙先輩はどうしたんですか?」
「ハル、どっかに行っちゃったんだって」
「そうなんだよ。俺が、気付いたときには居なくて」
校庭の横を通って、プールへと向かう。先頭を歩く江が振り向きながら、遙がいないことを質問する。真琴に同じことを質問した樹は、教えてもらったことをそのまま伝えた。
「帰ってしまったんでしょうか?」
「まぁ、いつものことだし」
「とりあえず、最初の目的だった実績は出せたしッ 部費も増えるはず!部費が増えたらジムのプールで泳ぎたい放題!!」
どことなく寂しそうな空気を、切り替えようと、渚が告げれば思い出したように真琴が「ああ」と答える。
「何言ってるんですか!?校長先生も言ってたじゃないですか。次の目標は全国大会、出場です!目標はあくまでも高く」
人差し指を空高く掲げる江に、渚と怜はおおっと口を揃えた。
「よーしッ!全国、目指して頑張ろう」
「はい!」
江に続けて、渚も握りこぶしを掲げれば眼鏡のフレームを直した怜も言葉を続けた。
「フラァーーイ
「「ハーイ!!!」」」
怜の掛け声に、合わせるように江と渚も口にした。“Fly High”と言ったことに真琴は驚いていたが、三人は誰が部室一番乗りで行けるかと走り出してしまう。樹は、その姿をくすくすと笑みを零しながら見つめている。
「樹ちゃん、いつまでも笑ってるの?」
「いや、なんか。いいなあって」
「うん。……俺は、樹ちゃんの泳ぐ姿を見たい」
「……え、」
樹は、言葉が詰ってしまう。真琴に見透かされているんだろうか。泳ぎたい。みんなと泳ぎたいと、大会を終えてより一層 気持ちが溢れていくことに戸惑っていたことに。真琴が、後押しする言葉をくれる。
「よしッ!!」
頬を二回、叩いた真琴は樹の手を取って行こう、と告げるのだった。
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