「ハル、眠らないの。リレーに響くよ……」
真琴は自宅に戻り、樹はそのまま遙の家に泊ることにした。
時計の針が0時を回っている。さすがに眠らないと、泳ぎに影響もされるだろうと思い、樹は 空を仰ぐように庭に佇む遙へと声を掛けた。
「わからないんだ。泳ぐ理由が」
「…答えが見つからないなら、待てばいいんだよ。きっと真琴や渚、怜と一緒に泳げば見つかるよ」
夏の虫と共に聞こえてくる声に、耳を寄せながら樹は縁側に座り、口にした。
「…そこに、樹はいないのか?」
「え?」
言われたと同時に手を引っ張られ、気付けば遙の腕の中にいる。
「ハルっ!あ、あの…どうしたの………」
「少しだけでいい。このままで、いてくれないか」
「………うん」
回される腕に答えるために樹も腕を回せば、ギュッと力を込められるのだった。
“決まってる答えと、迷う答え”「よかったぁあ!!天方先生に、すぐ連絡します!!」
翌朝、樹は江へとリレーのことを伝えるべく連絡を入れば電話口から聞こえてくるのは喜ぶ声だった。
すぐにでも連絡をしたかったのだが、さすがに深夜に連絡するのはまずいと判断して、真琴と手分けをして翌朝に連絡をすることにしたのだ。
「江、ありがとうね」
「……そんな、私は何も」
「ううん、江のおかげだよ。ありがとう」
それから、樹は真琴に連絡をしたことと先に会場に行ってて欲しいとメールで送る。そして、電話帳から目的の名前を確認し発信を押した―――
「本当に、大丈夫?リレーの練習は一度もやっていないんでしょ」
会場前で、この場所に居ないものを遙、真琴、江、天方先生は待っていた。そんな中、天方先生が疑問に思うことを口にした。
「わからないんですけど、やるだけやってみます」
真琴は天方先生に返しながら、遙を見て「俺たちは初めてじゃないし」と付け加えた。
「………遅い、」
ポツリと呟いた遙の言葉に、真琴が続ける。
「そうだね。樹ちゃんも渚たちも、どうしたんだろ?」
「渚くんたちも気になるんですが、……樹先輩は、何か言っていなかったんですか?」
「樹ちゃんから、メールで“用があるので先に会場に行ってて欲しい”って連絡があっただけなんだよね。ハルは?」
「俺には、“用があるから、会場で!”って置き手紙があった」
「置き手紙って…遙先輩が、携帯を使わないからですよ」
「うっ…」
そう、朝起きたら樹はすでに居なく先に行くと書いた紙がテーブルの上に残っていただけだった。まぁまぁ、と真琴が告げれば、こちらへ向かってくる声が聞こえてくる。渚と怜の二人だった。
「ごめん!遅れちゃったっ」
「すみませーーん!!」
「もう、二人とも何してたのぉ!って、あとは樹先輩だけだど」
江の言葉から間もなくして、渚と怜の後ろから追いかけて来た樹が到着する。
「ちょっと二人とも、人を置いて行くなんて酷くないっ!」
「えへへ。イツキちゃん、ごめん!ごめん!」
「もう、こっちは功労者だよ!もっと労ってって」
「そうですよね。樹先輩、すみません」
いやいや冗談だよと言えば、江が今まで何をしていたんですか?と口にする。その言葉に、渚が怜と樹の顔を見て「実は!」と告げた。
「僕たち、さっきまで学校のプールでリレー引継ぎの練習をしていたんです!そのタイミングを、樹先輩に見て貰っていました!」
「イツキちゃんからね、連絡来たときは吃驚したよ。でも、これで レイちゃんの失敗フラグは回避だよ!」
「まぁ…タッチのタイミングを言う役割がいた方が、練習しやすいって思ったんだよ」
三人からの言葉に、江は喜び、真琴と遙が驚いてしまう。
「樹ちゃん、誘ってくれればよかったのに」
「ごめん。でも、声掛けなら私にでも出来る事だから。少しでも役に立ちたかったんだ」
「十分すぎるほど、役に立ってる」
「え、ハル?」
頭の上にポスッと何かが乗ると同時に、遙から朝飯、と声が降ってくる。鯖サンドだと告げて、あとで食べろとのことだ。朝ご飯抜きで、動いていたのでありがたい。
「ハルちゃん!僕ね、また一緒にハルちゃんとリレー出来るの嬉しいんだ」
「一緒に頑張りしょう!!」
二人は、気合い入れて特訓の成果を見せようと口にし樹と真琴は遙の顔を窺いながら、お互いに笑っていた。
「さぁーーー!みなさん、頑張っていきましょう!!」
岩鳶高校のメドレーリレーが始まる。観客席で、樹は息を飲み自然と手を合わせていた。真琴、渚、怜、遙がスタート台へと並ぶ四人の姿が、眩しいくらいだ。
ゴクッと喉を鳴らせば、真琴と視線が重なる。思い出すのは、真琴の言葉。
―――“俺、樹ちゃんの分も泳ぐよ”
席から立ち上がり、手摺を握りしめていた。
「真琴っ、」
メドレーリレーはバッグ、ブレ、バッタ、フリーの順番。出発合図員の短い笛で、入水。スタート台のグリップを握り、両足を壁につけ真琴はそっと目を伏せ肺へと空気を送る。
―――耳に聞こえてくるのは、ただ一人の、彼女の声だ。
昔 スタート時の足の位置を、樹と一緒にどの位置がいいかを練習した。不思議なことに、彼女とほぼ同じ姿勢が自分のベストな姿勢だった。そして、フォームを見せ合い隣で指摘し合っていた。
「よーい」
電子音と同時に後方へと押し出し一斉に泳ぎ始めた。
「……フォームが同じでも、真琴の泳ぎは私とは違う」
何者も寄せ付けない荒々しいダイナミックな泳ぎ。それは、あのリレーのときと変わっていない。
真琴のゴールタッチと共に、渚が跳び出す。
「渚、頑張れっ」
渚のストロークも同じだ。腕が伸びていくような、あの動きで後半、前を泳ぐ者との距離を追い上げていく。変わらない泳ぎ。
腕が前方に伸びたリカバリーのまま、両手同時に壁をタッチすれば怜が跳び出した。
「怜くん、大丈夫」
引継ぎのタイミングも入水フォームも的確だ。ゴーグルのトラブルもない。大丈夫。
「次は、ハルの……」
スタート台へ立つ遙へと目を送れば、凛がプールサイドからメドレーリレーを見ていることに気付く。凛は遙を見て、遙も凛を見ていた。
「凛っ?」
―――何を思って、凛は見ているの。どうすれば、また泳いでくれる。凛は忘れっちゃったの。
ゴールタッチまで、あと少し。樹は遙へと視線を送れば、それに返すように遙は強く頷きゴーグルを嵌めた。
「ハルっ、いっけーーー!!」
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