「樹ちゃんは、もう休んでいいんだよ」
「大丈夫。だって 真琴と一緒にハルを待つって決めたから、ここにいる」
三人を見送ったあと、真琴は遙の携帯を手にし、玄関に座り樹を部屋で休むようにと告げる。だが 樹は首を振り、その隣に腰を下す。明日のことを言うために二人は待っていた。
「明日のリレー、みんなが一緒に泳いでいるとこを見れるといいんだけど」
「うん、それはハル次第だね。でも、リレーに出れることになったら…俺、樹ちゃんの分も泳ぐよ」
告げられた言葉に樹は 真琴へと顔を向ければ、真琴は一点を見つめていた。リレーは四人で泳ぐものだけど、ひとりだけ別じゃないと真琴は伝える。
「樹ちゃんも、一緒に泳ぐってことだよ」
「……今日の試合のときも、真琴が泳ぐのを見て自分が泳いでいる感覚になったよ」
「ホント?よかった。…俺、ハルのこともだけど樹ちゃんのことも想って泳いだんだ」
真琴は、そのまま告げる。樹が泳げるようになるまで、自分が樹の分も泳ぐよ、と。
「樹ちゃんが、ずっと端のレーンでハルを待ちながら泳いでいたように 今度は俺が待つから」
「え、…なんでそれを?」
――だって、それは言っていない。私が端で泳いでいた理由。
真琴は八の字眉を下げて、やんわりと微笑みを浮かべる。ずっと、見てからと。
「……俺が 今度は待つよ」
その言葉に、涙しそうになった。見ててくれたことも、知っていてくれたことも。
「真琴、ありがと」
でも、ひとつだけ違う……
「私は、真琴のことも待っていたよ」
「俺も?」
「そうだよ…真琴のことも待っていたんだよ。私には、二人一緒に戻ってこなかったら意味がない。私の隣は、真琴じゃん。真琴が私の泳ぎを見てくれなきゃダメなんだよ」
「……樹ちゃんは、ずるいなぁ」
その言葉を言ったあと、少しの間があく。
「俺からも、いい?」
「え、なに」
「……首筋の、この赤いのどうしたのっ…」
指を差す場所は、凛にされた鬱血の痕だ。
「えっと…この傷はっ、蚊に刺されちゃって自分で引っ掻いちゃったの」
樹は戸惑いながら、首元を手で隠すように告げるが 真琴はその手を掴んで樹を自分の方へと引き寄せた。
「なら、唾つけておかないと?よく子供の頃、言われてたよね」
それは、昔の話だ。小さかった私はよく転んで、泣いて、その度にハルが唾でもつけとけば治るだろと言って、真琴が転んだ私に手を差しだしてくれていた。だが、実際には唾はつけていない。
「待って、真琴――っ」
止める間もなく、首筋に口付けを落とされる。甘噛みをされ、チュッとリップ音が耳を擽った。
真琴の目はまっすぐと私を見つめていて、心臓の鼓動がトクントクンっと高鳴っていく。真琴の耳にも届きそうな煩さだ。
「樹、覚えといて。俺も凛も、ハルも男だってことを――――」
「……ま、こと」
「ごめん。困らしたいわけじゃないんだ。ただ、知っていて欲しかったから……今はハルを一緒に待ってよう」
ただ、頷くことしかできなかった。それでも真琴は、ありがとうっと呟いて目の前で笑ってくれている。真琴の隣が、温かくて心地が良かった。
“その気持ちが温かい”樹はいつの間にか、真琴の肩を借りて眠ってしまっていた。そして真琴も、同じように眠っていた。学校から戻った遙が、家の戸を開ければ二人がいることに吃驚する。
「………樹、真琴?」
真琴の手にある自分の携帯に気付き、それを確認する。画面に表示されている留守電の文字。遙は、確認をするために携帯を耳に当てた。
メッセージを再生します――
“ハルちゃん、今どこにいるの?”
“早く、帰ってきてください!!みんな、心配してます”
聞こえてくる声は、自分を心配する渚、怜、江の声だった。そして明日、行なわれるメドレーリレーのことだ。声を聞いて、思い出すのは今日の大会のことだった。真琴のことを精一杯に応援する江、渚、怜、そして樹のこと。
怜が理論を叩きこむと言ったあとに、江が樹を呼ぶ声が入っていたが、そこで切れてしまっていた。
「――樹」
“いつでも待ってるから。ひとりじゃないよ、みんなが側にいるから”
「真琴っ、……」
“みんなで一緒に泳ぎたいと俺、思ったんだよ。そこにはハルがいなきゃダメだし、一緒に泳ぐのに樹ちゃんもいて欲しいって”
遙は一度、目を伏せてしゃがみ込み 樹と真琴の肩を揺らした。
「樹、真琴っ……」
「ん、ハルー?」
「え、ま、こと……今、ハルって」
樹は真琴の肩を借りていたため、体を起こした真琴によって頭がすべり、重い瞼が開く。眠い目を擦れば、視界に遙が映る。
「泳ぐんだろ、リレー」
遙の言葉に、眠気が飛んでいくようだった。真琴も、樹も、目を見開き互いに頷いた。明日、遙と真琴、渚、怜のメドレーリレーの出場が決まったのだった。
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