岩鳶駅に着けば、夕焼けの空から夜の空へと変わっていた。遙の家まで一直線というように、それぞれが走り出した。


「ダメです!まだ、帰って来ていない…みたいです」

「樹ちゃん、鍵は!」

鍵が掛かってることに、真琴は樹へと声を掛けた。いつでも来てもいいように、遙から鍵を貰っていたが、今日に限って家に置いてきてしまっていた。

「ごめん!今日、持ってない。あ、勝手口は!?」
「そっか、裏から入ろう」
「わかった!」

裏へと回る真琴、樹に後に続くように渚と江が追いかける。

「あぁ、ちょっと、いいんですか!?勝手に」

当たり前のように動く樹と真琴に怜は声を上げるが、これがいつも通りのことだ。だが、今回は説明をしている暇はない。
遙の家の庭の門は、いつも開いている。そこを通って、勝手口の戸を引いた。風呂場、1階、2階と分担して家の中を捜すが遙の姿はどこにもなかった。

「ハル……」

「樹ちゃん、きっと大丈夫だよ」

「うん、」

庭から 樹と真琴が、見上げる空には まん丸なお月さまが見下ろしていた。


「だから、勝手にひとの家に――っ!?」


忙しなく、動き回る渚と江に 怜は注意しようと思えば、居間の棚にある トロフィーと子供のころの遙や真琴、渚、そして凛が写っている写真に気付く。

「帰ってくるまで、待ちましょう」

怜の言葉に樹と真琴は振り向き、コクンっと頷いた。


「ハルちゃん、リレー出てくれるかな?」



“それぞれが抱える想い”



遙はひとり、学校に戻り プールで泳いでいた。月明かりに照らされて、ゆらゆらと水面が揺れる。ただ水に抗うことなく、水を受け入れていた。

“結局、俺は何を望んでたんだ”

凛と泳いだ理由を、遙は探していた。自分は何をしたかったのか。どうしようもない、感情が渦を巻いたことに、遙は戸惑っていた―――



「………帰って来ない」

居間の時計は、9時を回っていた。振り子の音が、妙に煩く聞こえる。神妙な面持ちで怜と渚、江は正座となりひたすら待っていた。

「どこに、行っちゃったんだろう」

「まさか――っ」

「って、レイちゃん不吉な顔をして不吉なことを言わないでよ!!」

怜の言葉に、テーブルを囲んでいた渚と江が思わず息を呑み、ドンっと手を着いて渚は声を上げた。

「まだ、何も言ってません!…でも、」

「大丈夫だよ、ハルはそんなに弱くない」

「うん、そうだね」

縁側に座る真琴と樹が告げるが、居間の三人はまだ不安げだった。

「そうだ 携帯!電話してみればいいんだ」
「遙先輩、携帯持ってたのぉ!?」
「それを早く、言ってくださいっっ!!」

渚の言葉に、顔を寄せる怜と江に真琴は目を細めて庭へと顔を向けた。
遙が携帯を使うところをあまり見たことがなかったので、思い出すのが遅くなったのだ。とにかく、かけてみましょうと怜が言う。携帯のプッシュ音が聞こえてくる。

「ダメだ、出ないよう」

渚が自分の携帯を耳に当てれば、すぐに留守番電話になってしまったことを告げる。怜はメッセージを残しましょうと言った。

「ハルちゃん、今どこにいるの?」

「早く、帰ってきてください!!みんな、心配してます」

「遙先輩、ごめんなさい!!私、メドレーリレー勝手にエントリーしちゃったんです」

言いたいことを、渚、怜、江が口にし渚へと携帯を戻す。

「そうなんだ!だからハルちゃん、明日っ、みんなで泳ごうよ」

「僕なら大丈夫です!理論を、明日の朝までに完璧に叩きこんでおきますから」

「レイちゃんっ、それ失敗フラグぅう!!」

「樹先輩も、早く!」

「えぇ!?私もっ」

怜は、渚にそこは失敗フラグの回避の理論を一緒に叩きこめば、と告げていた。真琴と一緒に縁側に座っていた樹の手を江は引っ張るが、携帯から“録音を終わります”と機械音声が終わりを知らせる。

「ごめんなさい、樹先輩…私たちだけで」
「私のは、大丈夫だよ」

伝えたいことは、遙に会ったときに伝えた。待っていると。そして、みんなが側にいることを。

「こんなグダグダなメッセージで、遙先輩帰って来てくれるの?」
「大丈夫っ!!こんな、グダグダなメッセージだからこそハルちゃんの心に響いてくれる」

テレビ台に横にある、携帯の着信ランプが点滅しているのに気付く。

「って!ハルちゃん携帯置いてってる!」

「「えぇーーー!!」」

普段からあまり携帯を持ち歩かないことを、真琴が伝えれば三人は頭から肩が垂れ下がる。

「三人共、もう遅いから帰らないと」

「そうだね、帰った方が良い」

「でも!」

「多分、ハルは泳がない。…“棄権しよう”」

真琴の言葉に、誰も声を上げるものはいなかった。だが、泳がないと真琴は言ったが、それでも、心の中では信じていた。そして樹も同じように。遙を、信じて待っていた。



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