「真琴!ハルに、会ったの?」


戻ってきた三人に駆け寄って樹は口にすれば、真琴は目を細めて首を振った。渚も怜も首を振って二人は席へと戻っていく。
真琴は告げる。今は誰とも話したくないはずだから戻ってきたよ、と。その顔は酷くつらそうで、悲しそうだった。

「マコちゃん、そろそろ召集の時間だよ!」

観客席の入り口、ゲート前で立ち止まったまま話す真琴に、スイムキャップとゴーグルを渚は手渡した。


「あ、うん。わかってる。…樹ちゃん、俺行ってくるよ。渚や怜にも言ったんだけど、今は自分の出来ること精一杯やるよ」

「うん。応援する」


そのまま、真琴の腕が伸びて引き寄せられた。ふんわりとした真琴の髪が頬を掠める。肩に頭が乗って熱を感じた。


「行ってくる」


種目はバック、各組の予選試合が始まった。1組目、2組目と順々に泳いでいく。召集した選手がスタート台へと待つ中に、肩から腕の筋肉を解す真琴の姿があった。試合は間もなくだ。戻ってこない遙に、どうしたんだっと笹部コーチが口にする。

「やっぱり、呼んでくる!僕たちが泳ぐところ、ハルちゃんにも見ててほしいから」

「渚くんっ!」

走り出した渚に、怜や江は慌てていたが樹は席を立ち上がり手摺を握った。一呼吸置いて、思いっきり空気を吸った。

「真琴―――っっ!!」

「……樹先輩?」

いきなり声を出した樹に怜は驚くが、樹が告げる。

「ほらっ、私たちは応援する準備しなきゃ!」

「そうだな!俺らが応援しなきゃ、誰が応援するんだってなっ。樹にしてはよく言った!」

「笹部コーチ、“にしては”は余計です!」

メガホンを片手に、がはははと笹部コーチが笑えば、怜や江、天方先生もくすくすと笑った。皆、お互いの目を見て頷き応援するために席を立つ。
再度、プールサイドへと目線を送れば、真琴と目が合う。お互いに頷いた。


(きっと、渚が迎えに行ったのだから大丈夫だ。見てくれる――)



出発合図員の笛で、入水する。スタート台のグリップを握り、プールのへり、タッチ版の上端に足の爪先が出ないように両足を壁につける。
「よーい」声を聞き、スタート姿勢に入った。
樹は息を飲み込んだ。真琴の態勢は、ほぼ自分が泳いでいた時と同じ。スタート時の蹴りは足の位置が大きく関係する。自分が泳ぐような、そんな感覚が全身を駆け巡った。


電子音と同時に、身体を後方へと押し出し泳ぎ始めた。
水の上に飛び出す。スタート時の蹴りで、強く前へと飛べる。空を仰ぐように――


「ほら、行くぞ!お前ら―― いっけー、行け行け行け行け、真琴!」

笹部コーチが先導するように、青色のメガホンを空へと掲げた。


「いっけー、行け行け行け行け、真琴!」


あとに続くように樹、江、怜、天方先生が頬に手を沿えて、お腹の底から声を絞り出す。真琴のキャッチは大きい、しっかりと水を掴み水を掻く。声援が、真琴の後押しになるように樹は声を上げた。


「おっせー、押せ押せ押せ押せ、真琴!」

「おっせー、押せ押せ押せ押せ、真琴!」

「声が小せぇ、もっと腹から絞り出せ!とくに怜、恥ずかしがってんじゃねえ」

「あ、はい!」


笹部コーチから喝が入り。より声援は大きくなる。5メートルフラッグが目に入る。もうすぐ、折り返しのタッチターンだ。
真琴のターンと同時に「そーれ!」と声を上げれば、隣に立った渚が視界に映る。

「………渚?」
「連れてきたよ、ハルちゃん。やっぱり見ててもらいたいから」
「うん。ありがとう」

顔を向ければ、確かに遙がゲート前で真琴の泳ぎを見つめる姿がそこにはあった。
皆の声援に拍車が掛かる。真琴がラストスパートだ。

「ラスト、ラスト、ラスト、ラスト!」

遠くへ手を伸ばし、水を押し出す。真琴のストローク、腕の動きに力が入った。一直線を意識し、あとは壁をタッチするだけ。指の平で壁をタッチする。



「あ〜、マコちゃん惜しい。入賞タイムにギリギリ届かない」

「あともうちょっとで、決勝に行けたのに」

渚や江がいうように、本当にあと僅かだった。真琴の泳ぎを見て、渚の気合いが入った。


「……ハル」


招集場所へと向かった渚を見送ると同時に、樹は遙に声を掛けた。


「樹?」

「待ってるよ。私も真琴も、いつまでも待ってるから。ひとりじゃないよ、みんなが側にいるから」

「えっ…」

「っということで、次は渚の番なので 私は応援に戻るね」


しっかりとその目で見届けてよっと 樹は告げれば、プールサイドへと上がった真琴が、ゲート前にいる遙と樹の姿に気付く。
「真琴!」と手を上げれば、真琴は優しく笑う。そのまま真琴は遙へと目を送るが、遙は視線から逃れるように横へと向いてしまった。


“出来ることを伝えよう”


自分の出来ることを精一杯にする。大会で泳ぐことができない私は、皆の応援を力いっぱいにするだけだ。この想いが伝わればいい。ハルにも、凛にも―――


「くぅぅ…、ダメだった」


肩を落とし、悔しがる渚は顔を顰める。だけど、後押しができる皆の泳ぎが 樹は少しだけ羨ましかった。

「ダメじゃないよ、惜しかったじゃん」
「そうだぞ、惜しかったなぁ」
「でも、最後の追い上げすごかったよ」

樹の言葉に続けるように、笹部コーチも江も悔しがる渚へと声を掛けた。

「…いよいよ、僕の出番ですね」
「レイちゃん大丈夫?」
「任せてください!こう見えても、本番には強いですから」


皆が出来ることを、目の前のことを、力いっぱいに行なっている。それは、リレーとは違うが気持ちが遙へと繋がるように、真琴から繋いでいた。


「いっけー、行け行け行け行け、怜!」





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