「それじゃあ、私は一旦ここで」

「えぇ!! イツキちゃん、なんで、なんで!?」

大会の会場に着いて、受付を済ませて先へと進もうとする遙たちに樹は告げた。渚は振り返り、声を上げ、怜と真琴もなんでという顔をする。その顔に、思わずため息が漏れそうになった。

「フロアロビーまで、着いて行くわけにはいかないでしょ?それに江とあまちゃん先生と、ここで待ち合わせしてるから」

「あ、そっか!」

「だから、観客席でね」


またあとでねと手を振る渚に、すぐ会えるんだけどなっと思いながら樹も手を振った。会場内へと足を踏み入れる四人を見送れば、程なくして聞き慣れた声が耳に届く。長い髪を振りながら、一所懸命に走ってくる江の姿があった。


「――樹先輩!お待たせしました」

「全然待ってないよ。ところで、あまちゃん先生は……?」


江と一緒に来ると思っていたが、天方先生の姿はなくひとりだけだった。息を整えながら、少しだけ日焼け対策で遅れるようですと教えて貰った。実に、天方先生らしい理由だ。
大会プログラムも受付時に貰っていたので、樹は観客席に向かおうと告げた。


「大会一日目のプログラム、午前中はフリーからのスタートです」

「ちなみに、ハルは4組目だって」

「あ!ハルちゃんとリンちゃん、隣同士のコースだ」


広げたプログラムの4組目を泳ぐリストの中に、遙と凛の名前があった。“4. 松岡凛”と“5. 七瀬遙”と書かれてある。

「これって、確かエントリーの申告タイム順だったよね」

真琴の言葉に、江は「はい」と答えた。
隣同士のコースで泳ぐ二人の実力は互角。予選、各種目ごとのタイム順、上位八名の選手が決勝戦へ進出。地方大会に進むことが出来る。
そのことを考えると、怜は顔を強張らせてしまう。その顔を見て、真琴も渚も唾を飲み込んだ。


「予選で好タイムを残し、上位八名の中に食い込むことも大切だけど
普段通りに、力を出し切ればいいんだよ」

「樹ちゃんっ」


プログラムを見つめていた樹は、顔を三人に向けてニッと笑う。後悔のないように、いつも通りに泳いで欲しい。


「だいじょーぶ、緊張することはないわ」


観客席で日傘を差しながら座る天方先生が、声を掛けてきた。

「普段通りやればいいのよ、大切なのは最後まで諦めないこと。ナポレオンの名言にもあります!“勝負は最後の5分で決まる”」

手を広げ、偉人の言葉を借りて声高に告げるが、渚が「5分?」と口にした。


「先生!タイム、それじゃあ遅過ぎです」

「そうですよ。男子フリー 100mの平均タイムは、1分も掛かりませんよ」

「えぇ!?そうなの」


勝負は諦めてはいけない。その言葉は身に沁みる。だが、天方先生の無知の部分に皆から笑いが零れた。
それぞれの種目で、自分のベスト尽くして悔いのないように頑張っていこうと真琴は言い、三人は握りこぶしを高く掲げた。

各選手の特徴と筋肉について、江が目を輝かせながら語っていると、プールサイドにいる鮫柄水泳部の御子柴部長より声が掛かる。

「おーい!江くーん、江くーん!」

手を振ってくる姿に、江は“ゴウくん”は止めてって言ったのにと声を漏らす。敵対視を向けるような目つきで樹は、睨むが鮫柄水泳部の部員が歩いて来る中に凛がいないことに気付く。

「あれっ、凛いない?」
「ホントだ」

樹も真琴もそのことを口にすれば、座っていた遙が立ち上がった。時間を確認し真琴は「召集場所に向かったのかも知れないね」と告げる。

遙は二人の顔を見て、ベンチに置いてるスイムキャップとゴーグルを手にし、背を向け歩き出した。


「ハル、勝ってこい」

「ハル……」


鼓動が段々と速くなっていくのを樹は感じながら、真琴と一緒にその背中を見送った。



“その背中を見つめるだけ”



廊下に裸足で歩く音が響く。遙の向かう先に、凛が待ち構えていた。約束通りに来たぞと遙は言う。

「当然だ、俺もお前に合わせてエントリータイムをおとしてやったんだ」
「そんなことは必要ない。決勝でも戦える」

それまで待ってられないと告げた凛は、額に掛かる前髪を上げるようにゴーグルを装着して、バンドを強く指で引いた。


「それにお前が、決勝に残れるかわかんねえしなっ。他はどうでもいい、俺とお前の勝負だ――楽しみにしてるぜ」


去り際に、告げられる言葉。楽しみにしていると言った凛の口角は、上がっていた。


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