目に映るのは、穏やかな波。頬を柔らかな風が掠め、鼻に抜ける潮風を感じながら、漁港で佇む樹は広がる海をただ眺めていた。

「―――今日が大会、」

大きく息を吸って伸びをする。肺へと入っていく空気を感じならが空を見上げ、よしっと気合いを入れた。
学校へと向かうよりも早く、遙の家にお邪魔するよりも少し早めの時間。
通りを抜けて少し入り組んだ道を歩く。緩やかな坂道、そろそろ見えてくる石段に顔を向けようと足元から顔を上げれば、真琴の家の階段前に立っている遙と目が合った。


「ハル!おはよう」

「おはよう、樹。ちゃんとご飯、食ったか?」

「大丈夫。食べた、食べた」


樹は昨日、泊まっていくかと訊かれたが大丈夫と答えたのだ。朝ご飯もいらないと。大会の前日、そして当日に余計な気を使って貰いたくはなかったが、結局は心配をさせてしまったようだ。母さんなみたいな台詞に、笑いそうになってしまう。

「樹?お前の家の近くを通るんだから、ここに迎えに来なくても良かっただろ」

「いいの、いいの。私が迎えに来たかっただけだから」

遙は二度手間にならないか?と言いたかった。樹の家の近くを通るのだから、そこで落ち会えば良かったんじゃないかと。
確かに、朝ご飯を食べる用がなかったので来る必要がないが、ひとり待つのが樹は嫌だった。二人を待つということが、あの事故以来、少しだけ不安を感じ苦手になっていた。

聞こえてくる階段を下りる足音と一緒に、真琴の声が振ってくる。


「――あっ!お待たせ、ハル!樹ちゃん!」

「あぁ」

「真琴、おはよう」

「おはよう、樹ちゃん」


階段を下りた真琴が遙と並ぶ。


「いよいよ、凛と勝負だね」


真琴の告げたと同時に強い風が吹いた。風に乗るように、海鳥が空高くへと飛んでいく。

「行こう、二人とも」
「あぁ」
「うんっ」


口数なく、駅へと足を進めた。特にこれといったことを、喋ろうとは思わなかった。
妙な緊張を樹は感じていたが、足並み揃うことに きっと大丈夫と頭の中で言葉を繰り返して。




「ハルちゃん、イツキちゃん、マコちゃーん!!こっち、こっち!!」


会場最寄り駅のロータリーにある案内図の前で、渚と怜と待ち合わせをしていた。手を振って知らせる渚に、真琴も手を上げた。


「おはよう、二人とも」

「おはようございます。樹先輩」

「おはよう、イツキちゃん。

あっ!見て見て、レイちゃん 緊張して眠れなかったんだって」


渚の指差す怜の目元には、隈が浮かび上がっていた。


「君の、毛の生えた心臓が羨ましい」

「大丈夫だって、レイちゃんもそのうち生えてくるって!リッラクス、リラックス」

「そうだよ」

「怜くん、気楽にね!」


リラックスと告げた渚に同意するように真琴と樹が告げた。

「さっ、いよいよ大会だね!がんばって実績を作ってみんなで部費を勝ち取るぞぉ!!」

「「「おぉ!」」」

腕を高く上げた渚を先頭に、会場へと歩き出すのだった。

(……がんばれ、みんな)



“大会本番”



遙たちが会場へと向かった数時間前、凛は学校が用意しているバスで直接会場へとは向かわず、ひとり岩鳶町に寄っていた。海が見渡せられる、墓石の前で、目を閉じて思いを馳せる。

―――親父見ててくれ、俺は絶対に勝って見せる。

刻まれた“松岡家之墓”の文字にこぶしを、コツンと合わせた。すべては、この日のために。


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