「あっ!今日、寝坊したからハルに弁当のこというの忘れたぁ」


気付いた時にはすでに遅かった。遙の家に泊まったときは朝、弁当を作っているときに、樹も起きて自分の分もお願いして持って来ていた。
だが、今日は寝坊という失態により弁当のことを言い忘れてしまったのだ。ご飯がないというのは、一日の活力が減ってしまう。4限目が終わって机に伏せていれば、頭にコツンと平べったく堅いものが乗った。

「樹、昼飯」
「あぁ…ハル、朝お弁当のこと言うの忘れたから購買に――」
「だから、お前のこれ」
「ふぇええ!?」

変な声が出たと同時に顔を上げれば、目の前には弁当を2つ持った遙と真琴が笑っていた。

「ほら、樹」
「ありがとっ」
「樹ちゃん、屋上行こうか?」
「うん!」

屋上に行けば、弁当を片手に渚と怜が日陰に座っていて手招きをしていた。遙と真琴の間が、樹の最近の定位置。


「おぉ!今日もハルちゃんとイツキちゃんのお弁当には、鯖が入ってるねー!」


遙のお弁当よりも一回り小さい弁当に手を合わせれば、渚に覗かれて遙の弁当と見比べられる。


「渚、それは樹ちゃんが料理作れないからハルが今日も作ったんだよ」

「あ!だから、樹先輩のお弁当は遙先輩と同じ内容だったんですね」


渚の行動によって、怜も同じように見比べて、なぜなんだというように顔をしかめていたが真琴の言葉によって解決される。
すでに渚は知っていることだったが、怜は樹が料理が出来ないことは知ってはいなかった。だが、その言葉でバレてしまったようなものだ。


「ま、真琴!余計なこと言わないでいいのに…怜くんにもバレちゃったじゃん!!」

「いいだろ、別に。料理が出来なくても」

「俺も、料理が出来なくてもいいと思うよ」


怜に納得をされ、落ち込んでいた樹へと告げられる遙と真琴の言葉。
だけど、フォローにはなっていない気がする。料理が出来ないことは結構な痛手だと痛感。


「みなさーん!!合宿の写真、プリントしてきましたよーー!」


そんなことを考えていれば、屋上の扉が開き江の声が届く。

「おおー!見せて、見せて?」

「はいはい」

写真を広げれば、みんなが覗くように顔を寄せた。

「みんな、楽しそうー!あっ、これも撮られてたんだね」
「ホントだ。気付かなかったなぁ」
「なんか、先輩たち三人の後ろ姿がいいなぁーって思いまして」

ひとつ、ひとつ、大切な思い出。
久し振りに水に触れた。ハルと真琴に運んでもらった日に見た茜色の夕日にドキッとした。――二人の間に、体育座りで座って夕日を見たときの写真だ。

「な、なんですか!?この美しくない写真は」

怜のいう美しくない写真は、ヘルパーを付けられているところの一枚。

「イツキちゃん、ちゃっかりとカメラ目線だね!」
「樹先輩、気付いたなら教えてくださいよ。これは美しくなさすぎる…」
「あはは、ごめんごめん!でも、これもいい思い出だよ」

腕と背中に付ける浮き輪代わりのアームヘルパーと腰ヘルパーを、渚と一緒に樹も付けていたのだが、樹は江のカメラに気付き一人だけカメラ目線だ。

「ハルちゃんは、さっきから何見てるの?」

写真を手にして先ほどから固まって動かない遙に、渚が顔を向けた。何を見ているのかと。

「あれ、イツキちゃんとリンちゃんだよね?…ゴウちゃんとイツキちゃん、いつの間に行ったの?」

屋内プール施設での樹の後ろ姿と、その腕を引っ張る凛の姿だ。写真に映っている二人は後ろ姿だが、赤髪の姿を間違えることはない。

「合宿二日目に、樹先輩と一緒にちょっと偵察を」
「どうして、樹ちゃんも?」
「樹先輩が、心配だからついて行くと一点張りだったもんで…」
「可愛い江に変な虫とかがくっ付いたら大変でしょ!」

樹のいう変な虫というのは、きっと御子柴部長のことだろう。御子柴部長に江が気に入られていることを、気にしていたからだ。

「それで、この写真は?」

隣に座る真琴が、これでもかと食らいついて来る。
真琴と遙の視線は江へといく。何があったのかと訊きたいようだ。

「えっと…、お兄ちゃんが先輩を引っ張ってしまって」
「ちょっと、江!?聞いてたの?」
「いえ、そこまでは。ただ、珍しいっと思ってつい」

ついというのが、撮ってしまったこと。それが遙の手元にある写真ということだ。

「で?樹ちゃんは、何を話したの?」

皆から樹へと、視線が痛いぐらいに浴びせられる。写真を持った遙と真琴からは特にだ。


「特に、これといったことはないよ。県大会が終わったあと話があるって言われただけで」


二人は身を乗り出し、告げた樹へと顔を近づける。


「本当か?」「本当に?」


その言葉にコクンっと頷いた。
話があると言われたことはことは間違っていない。
遙は凛と樹の写真を手にし、ただ見つめていた。


間違ってはいない―――…


偵察と告げた江と一緒に堂々と鮫柄水泳部へ顔を出し、挨拶をしていれば後ろから手を引っ張られたのだ。


「――樹、朝…海にいただろ。泳げたのか?」


いきなり引っ張られたと思ったら、凛から人気の少ない廊下で告げられた。
施設を使っているのが鮫柄高校水泳部のみであり、練習中のため廊下に歩いている者がいなかった。

「凛?いきなりどうしたの」
「朝のジョギングで、お前らが海から泳いでくんのが見えたんだ」
「あー、それか…色々あってね!ハルと真琴に運んでもらったの」

思い出したように樹は笑いながら、まだちゃんとは泳げないよと口にする。


「お前は、いつもそれなんだな」

「え?凛……」


楽しそうに笑う樹の側には、いつもハルや真琴たちがいた。説明を省くその話には、いつもあの二人の存在があった。
幼馴染みだからといって、いつもアイツらがいたのに、樹は泳げなくなって――なのに、こいつは今笑ってやがって、


「……樹、ハルとの対決が終わったら話したいことある。時間作ってくれるか?――俺はぜってえ、ハルに勝つから」

「凛は、……それでいいの?ハルとそれで」

「いいもなにも、俺は本気のアイツに勝てれば文句ねえ。それでアイツに縛らなくて済むやっと解放される」


その顔を見ることが樹には出来なかった。どんな表情で言ったなんて知りたくなくて、自分の足元を見つめる。


「……なんで?…なんで 縛られるとか解放とか、そんなことを言うの」

「俺は力があるアイツが、タイムに拘らず水が好きだから泳ぐっていうのが気に入らねえ」


凛の夢は、知っている。目標がオリンピック選手であるからこそ、目指すのは0.1秒とよりタイムを速くすることだ。
樹は頭の上から降ってくる言葉に、自分のことを思い出す。

「私だって、スイミングスクールのときは浮くことが好きでタイムに拘らず泳いでいたよ」

それなりのタイムで、大会にも出て、賞も貰っていた。泳ぐ理由も上を向いて浮いていられる。だから、泳ぐ。それは、遙と大差なかった。


「お前は別だ」
それに、今は泳げていないだろ――っと告げようとしたが言葉を飲み込んだ。

「なにソレ!?よく分かんないよ」


顔を上げれば、凛と視線が交じり鼓動が大きく揺れた。今すぐにでも捉えられそうなその瞳に、涙が出そうになった。


「終わったときに話す。それだけだ……じゃあ、な」


凛は背を向けて練習へと戻っていった。凛の背中が消えるまで、樹は立ちすくみ動けなかった。



“絡み合わない思いと想い”



――黙り込んだ樹へと真琴は声を掛けた。


「……樹ちゃん?」

「ごめん、…えぇっと、何の話だっけ?」

「もう!先輩、鮫柄水泳部のエントリーしている人たちの話ですよ。ちなみにお兄ちゃんは――」

「フリーの100」


凛がエントリーしているのはフリーの100mのみ。遙との勝負一本。それを遙自身が告げた後、写真が風に吹かれてしまい空高くへと飛んでしまった。



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