「あ、雨止んだみたいだね」
外の静けさに渚が気付いたようで、窓に目をやれば嵐はおさまっていた。外に出ていく渚に続くように足を踏み出せば、空に一面の星の海が広がっていること気付く。
「わぁー、ははっ!!すごーい、綺麗!!」
「さすがによく見えますねぇ、あれが夏の大三角形ですね、こと座のベガ、はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル」
強い雨と暴風が過ぎ去った後の澄んだ空。雨で空気が洗い流されて、夏の空が綺麗に見える。ひとつひとつの星座の名を、怜が口にする。
「あれは、イカ座?」
「サバ座はどこだ」
「どっちもないよ」
輪になって空を仰げば、渚と遙が存在しない星座を告げて真琴が笑う。
「樹ちゃん、そんな位置で見ていないでこっちに来なよ」
「ま、真琴!?」
四人を見ていたかったのと、その輪に入っていいのかと、そんな気持ちがあって離れた位置に樹はいた。四人が見上げる輪から、少し下がった位置で眺めていれば、真琴が手を引っ張った。
「イツキちゃん!一緒にイワトビペンギン座を探そう」
「渚、残念だけどそれもないよ…」
「樹先輩の言う通りですよ」
「ええ!!盛り上がらないなぁ、あることにしようよ。……ねっ、見て見て」
足元に目線を向けた渚が、皆にも下を見てと口にする。下を向けば、大きな水たまりに星空が反射して映っていた。
それは、本当に星の海のようで。また宇宙ともいえるんだろう。そこにいるのは、遙と怜、渚、真琴、そして樹の五人だけ。
(―――今日のことは一生、忘れない思い出)
水面に映る星空を見つめる遙、怜、渚の顔を眺めていけば、顔を上げた真琴と視線がまじり合いお互いに笑みが零れるのだった。
「……ハル、ごめん。樹ちゃんのこと俺に聞いたのに、あのとき答えなくて」
「いや、真琴が謝ることでもないだろ」
浜辺へと向かおう道のりで先を歩く渚と怜、樹の後ろ姿を見ながら隣を歩く遙に向かって、真琴が口を開いた。
「ハルがさ、樹ちゃんのことを好きなの知ってるよ」
おもむろに告げられた言葉。それに対して、遙の足が思わず止まってしまう。同時に真琴の足も止まった。
「真琴……?」
「樹ちゃん、言わなかったことがひとつあるんだ。端のレーンで泳いでいた理由。
聞いたワケじゃないんだけど待っていたんだと思う。樹ちゃんはハルが辞めてったあと、ハルの泳いでいたレーンで、ずっと泳いでいたんだって。ずっと。
…俺は、自分に向き合おうとしている樹ちゃんが好きだ」
―――ハルが泳いでいたレーンでずっと泳いでいた理由は聞かなくても分かった。ハルを、待っていたということを。
遙と同じように真琴も部活へと足が遠退いてしまっていたが、樹のことは気掛かりではあった真琴は何度か顔は出していた。だから、知っていた。
ただ、樹がそのレーンで毎日のように泳いでいたことは事故が起こったあとに知った。
「答えられなかった理由を、ハルに言っておきたかったんだ」
誤魔化すことは必要ない。彼女が抱える込んでいることを自分も遙も知るべきだと真琴は思った。そして、そうしたいと思った理由を真琴は遙に話した。
「ハルー、真琴ー!どうかしたのー?」
「行こっ、ハル」
「……あぁ」
後ろを振り向けば、一緒に居たはずの遙と真琴が離れた位置にいることに気付き樹が声を掛ければ、二人の足はまた動き出した。
夜の大荒れが嘘のように、朝の波は穏やかで、陽を反射していた。小さな波がゆっくりと音を立て、蝉が一斉に鳴き上げる。
「うーん!…案外近いねっ」
浜辺に立ち、前方を見渡せば、合宿先の島が確認出来る。遙や真琴たちのテントも、普通に分かる距離だ。渚が言うように近い。
「手を振れば、天方先生か江さんが見つけてくれますよね」
「まだ、寝てるだろう」
「起きたら気付いて、船出してくれるんじゃないかな」
「俺が泳いで、連絡してくるよ」
真琴の告げた言葉に、樹は驚くように肩が跳ね上がる。皆、口を揃えて「え?」と告げた。
「バカ、言うな!」
「そうですよ!」
遙の言葉に続けるように怜も声を上げるが、真琴は柔らかい笑みを浮かべる。
「でも、今の海はすごく穏やかだし。――それに、みんながいてくれるから」
真琴の顔には、もう不安や恐怖といったものは無かった。渚と怜が、僕も!と告げて真琴の横を通り海へと走り出す。
「樹ちゃん?」
「樹?」
先ほどから静かで何も言わない樹に不思議がって真琴が声を掛ける。同じように遙も声を掛けた。
海を目の前にして、固まってしまっている。
「お願い!どっちか、タオルで引っ張ってください!」
樹は頭を下げて、先ほどまで肩に掛けていたタオルを二人の前へと差し出した。
「あのときは暗かったし…無我夢中だったから出来たみたいんだけど、やっぱり少し怖いのか、夜の疲れなのか…足が動かないっていうか……」
返事が返ってこないことに顔を上げれば、遙と真琴はお互いの顔を見合わせて笑っていた。
「手を貸せ、樹」
「そうだよ、樹ちゃん。手を出して」
二人は手を差し出すが、その行動に樹の頭に疑問符が浮かぶ。
「バックがいいだろ?どうせなら」
「そういうこと。俺とハルで引っ張ってあげるよ」
「――うんっ!」
“星の海に想う”
浜に辿り着いたあと、倒れるように目を閉じた真琴と遙の間に樹も嬉しそうな顔をして眠ってしまった。
そのあと、当たり前だが樹が江にひどく怒られたのは言うまでもない。
[
top]