遙の恋バナ話は結局、小学生のときに滝に恋をしたという話で終わってしまった。分かってはいたが、昔から変わらないままの遥に 樹は笑みが零れそうになった。

「はいっ!それじゃあ 次は僕、かくし芸やりまーす!」

腕をピンッと伸ばし、渚は立ち上がった。唇をタコのように突き出し、下した両手を腰につけて外側へと向け、足も膝を使わず伸ばしたままペタペタと動かす。

「なんだそれ?」
「わかるでしょーう!」
「わかった!渚、私がお母さん役やってあげるよ」
「え!?イツキちゃん」

渚のかくし芸といったモノマネが分からず、遙は思わず口走ってしまう。真琴も怜も分からないようだ。
ペタペタ、歩くものを考えれば分かるのに、渚の一番好きなものだ。樹も立ち上がって、渚の前に立ち同じ行動を取る。

「樹、よりわからなくなった」
「え!嘘っ、ホントにハルわからない?」
「そうだよハルちゃん、イワトビペンギンのマネだよぉ」
「全然、わかりません」
「ふぇ、えぇぇー!!!なんで、わからないの。コレ!コレ!」
「そうだよ、少しは考えようよ!ヒントとして私が母親として、ほらっ!」

遙も怜も分からないと言う。なぜ分からないのかと、渚は先ほどの行動をもう一度 繰り返すので、樹も同じように繰り返した。
コレだよコレと言って繰り返せば、真琴の笑い声が零れる。その顔を見て、樹は先ほどまで座っていた真琴と遙の間のスペースに戻った。


「あ、マコちゃん!やっと笑ったね。良かった、なんかマコちゃん落ち込んでるみたいだったから」

「……ごめん、心配掛けて」

「あの、聞いてもいいですか…樹先輩が泳げなくなった理由、
僕を助けようとしてくれたとき……いつもの真琴先輩じゃあ、なかったことと関係しているんですよね」

泳げなくなった理由と聞いて、樹の表情が強張る。

「怜、それは……」

「……いいんだよ、真琴。怜くんと渚に、それをあとできちんと話すって言っておいたの。ハルにも言わなきゃダメなことだしね」


樹は唾を飲み込んだ。
遙と真琴に合流する前、真琴が固まってしまった原因の半分は私だと伝えた。そして、合流した後にきちんと話すと約束をしたと告げて。


「たとえば、泳げない人が荒らしの海の中にいたら普通に吃驚するでしょ。真琴が固まってしまった原因はそれだと思うんだよ」


真琴は何も言えなかった。あの時、驚いたと同時に、忘れられない二つの記憶が思い出されたのだ。
昔の忘れられない記憶と同時に、樹が事故に遭ったときの記憶が頭を過ってしまった。自分は何も出来ず、見ていることしかできなかった忘れることが出来ないもうひとつの記憶。

「それで、泳げなくなった理由なんだけど……中2の本格的な夏になる前…部活中に、事故に遭って……」

真琴は事故のことを伝えようとする樹の手をそっと握った。言葉が突っかかりそうになって、乱れそうになる呼吸を戻そうと、胸元に手を当て何度も小さく吸って吐いてを繰り返す。


「樹、辛いことなら言うな」

「………大丈夫、ハル。ここにハルも真琴もいてくれるから、大丈夫」


それから、樹は閉ざしていた言葉を続けた。
足を滑らした子がプールに落ちたこと、それが端のレーンで泳いでいた私の真上だったことを。ケガは無かったが、それと引き換えにプールが怖くなり泳げなくなったとを。


「水の張ったプールが怖くて、近寄れなくて、泳ぐことも避けるようになったの」

「何で、言わなかった」

「……ごめん、ハルが水泳部を辞めたあと、ずっと何かに悩んでいることに気付いて……心配掛けたくなくて、真琴にも言わないで欲しいって頼んだの」


真琴は、たまたま部に顔を出したいたから知っていたことを付け足した。それでも一つだけ言わなかったことがあった。その場所で泳いでいた理由を。


「……でも、もう一度泳ぎたくて。怖いからって、逃げることは止めようって。だから水泳部に入ったし合宿にも着いてきた」

「俺も、きちんと言わないとね。二人には言っておきたい。俺があのとき、急に怖くなって動けなくなった訳を……」


今度は真琴が怜と渚へと告げる。真琴の怖いと言ったことに二人は訊きかえした。


「海が、怖いんだ――――隣町の小さな漁港に子供の頃、よく遊びに行ってた」


そこで優しくしてくれた漁師のおじいさんがいた。
夏祭りで真琴は金魚掬いがしたかったのだが、お小遣いを使い果たしてしまって ゆらゆら動く金魚を、そのおじいさんが取って来てくれて、すごく嬉しかった。
その夏の終わりに凄い台風が来て、そのおじいさんが乗っていた船が沈んでしまった。乗っていた人が何人も亡くなって。
船が沈んだ場所は、漁港から3kmくらい沖に行ったところだった――その3kmは、子供の自分たちがスイミングスクールで毎日泳いでいた距離。

「……悲しいというより、怖くなった」

別れを惜しむ人たちが白い着物に身を包み、歩いて行くのを真琴と遙、樹は一緒になって見ていた。遙の手を強く握りしめて、真琴はその列を見つめていた。

「ちゃんと、餌もやって水も換えてたのに金魚も死んでしまった。それ以来、海が怖くなった。何だか、海の中には得体の知れない何かが潜んでいるように思えて―――」
「……もういい、真琴」

その話を、遙が静かに止めさせた。真琴の心うち。そして、おかしいとは思っていた樹に起こった出来事。


「それなのに僕を助けようとしてくれたんですね、真琴先輩も、樹先輩も……」

「……ねえ、聞いてもいいかな?どうして、イツキちゃんは泳げないかも知れないのに…マコちゃんも海が怖いのに、この合宿に来たの?」

「私は……もしかしたら海なら大丈夫かなって思ったの。もう一度、みんなで泳ぎたいって思ったから」

「…泳ぎたかったから。みんなと、泳ぎたかったから。それにみんなと泳いだら、どこまでもいけそうな気がするんだ」


遙と渚、怜の三人は、樹と真琴の言葉に胸が動かされた。樹は、真琴の“泳いだら、どこまでいけそうな”と告げた言葉に、皆の心が繋がるその中に早く入りたいと思っていた。



“心のうち”




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