真琴の身体を引き摺りながら、遙は辿り着いた砂浜に倒れた。膝を着いて、真琴の肩を掴み体を揺するが、真琴からの返事がない。
心臓は動いている。ただ呼吸が弱いことに、遙は気道確保を優先させることを決める。
額に手をあて頭部を下げ、顎を上向きにさせる。親指と人差し指、中指で鼻をしっかり摘まみ 開いている口元へ自分の口で覆って息を、


「かはっ、ごほごほっ!はぁ、はぁ………」


真琴は身体を捩り、肺の中の水を絞り出すように吐き出した。口と口が触れそうになる手前で、真琴の意識が戻り、気が付いたのだ。

「は、るかっ」
「真琴!真琴っ、大丈夫か!?」
「ここは………?」
「多分、好島だ。テントから見えた向かいの」

身体を起こし、真琴は遙の腕を掴み そばにいない二人の名前を呼ぶ。

「樹ちゃんは!樹ちゃんと、怜は!?」
「落ちつけ、渚が助けてくれてる。だから安心しろ」
「……ハルっ…俺、助けられなかった―――――」


海岸際の海食崖に雨から凌げる場所を見つけ、二人は腰を下すことにした。少し落ち着きを取り戻した真琴に、遙は告げる。


「やっぱりお前、海が怖いんだな」

「大丈夫だと思ったんだ。でも、怜が溺れているのを見て体が動かなくなった。それと同時に樹ちゃんがいることに、俺 驚いて…あの時のことが頭に浮かんで、」


こんなことになってしまったことを真琴は謝るが、遙はお前のせいじゃないという。
だけど、真琴はそうじゃないと言う。自分のせいであると。合宿に来るって決めたのも、水泳部を作ったのも自分だと。


「俺、ハルが水泳部に入れば、きっと 樹ちゃんも入る気がして怖かった。巻き込まれるかも知れないって。そんな予感がしていたのに、結局…俺が、彼女を巻き込んでるんじゃないかって…」

「樹を巻き込むって、どういう意味だ?」

「もう一度、みんなとリレーがしたい。もう一度、みんなで一緒に泳ぎたいって思ったんだ。そこにはハルがいなきゃダメだし、一緒に泳ぐのに樹ちゃんもいて欲しいって!俺、思っちゃったんだよ」

「………っ、」

「樹ちゃん、――――中2の夏の前に、ある事故が切っ掛けで泳げなくなっていたんだよ」


冗談を言っている目ではなかった。真琴は一心に遙を見つめる。その瞳に映る遙は、動揺を隠せないでいた。
泳げなくなったという言葉の理解に、戸惑ってしまう。言葉を選び、返そうとするが、遠くから聞こえてきた渚の声によって、その話は終わってしまう。


「あっ!いたいた、ハルちーゃん!マコちゃーん!」

「怜、渚!樹ちゃんも!!よかった、みんな 無事で…怜、助けられなくてごめん」

「そんな!僕のほうこうそ、すみませんでした」


走ってくる渚と怜の後ろに樹がいることに気付き、遙は立ち止った三人の横を通り過ぎ樹の前へと詰め寄った。


「お前、死ぬつもりかっ!」


遙の声と同時にパチンッと頬を叩いた音が響いた。樹の頬に強い痛みが走り、頬を叩かれたことに気付く。
いきなり叩かれ、吃驚して何も言えない。じわりとくる痛みに耐えながら叩かれた左の頬を押さえ、顔を正面へと戻せば、目の前に渚が立ち 遙を止めていた。

「待ってよ!ハルちゃん、いきなりそれは!」
「怜、お前もだ。何やってたんだ、夜の海なんかに」
「それは、怜くんが――」

怜は言葉を詰まらせてしまう。樹は、見ていて知っていたから言おうとするが、遙に目で睨まれてしまう。樹は、頬に手を当て唇を噛みしめて一歩引く。

「練習してたんだよね。少しでも、皆に追いつこうと思ったんだよ」
「……はいっ」

落ち込む怜に、渚は 怜ひとりのせいではないと言う。

「マコちゃんもダメだよ、溺れた人を一人で助けに行ったら!ハルちゃんもだよ、いきなり飛び込むし。まっ、僕もだけど。
それにイツキちゃん、ハルちゃんの言う通りだよ」

周りにいる皆へと声を掛ければ、一歩引いた樹にも渚は声を掛けた。

「え、渚?」
「ハルちゃんの言葉で、なんとなくだけど わかっちゃった。イツキちゃん…泳げなくなった、もしくは泳ぐことに何か躊躇うものがあったんでしょ?」

渚は思い出していた。真琴が樹を部へ勧誘させようとしなかったこと。マネージャーとして入部したこと。特訓を始める前に聞いた言葉。そして遙の行動で、その意味が繋がっていく。


「泳げるかどうか分からない状況で危険すぎるよ、イツキちゃん。だから、ハルちゃんが怒って叩いたんだと思う」

「…ごめん、ごめんなさい…私、必死で…たすけなきゃって…っ、」

「もう自分一人で助けようなんて思っちゃダメだよ。もっと、僕たちを頼ってよ。イツキちゃんは、女の子なんだからね」


座り込むように泣き崩れた樹に、渚はしゃがみ込み視線を合わせるようにして頭をポンポンっと撫でる。ゆっくりとしたリズムで落ちつかせるように、全員 無事でよかったと告げて。
嗚咽を堪えるように、肩で息を吸って自分を落ちつかせようとするが涙が止まらない。
渚は、樹の側に寄る遙と真琴を見て、立ち上がり 一、二歩下がった。


「…樹、ごめん。真琴に聞いて、そんな状態で海に入ったって分かったら頭に血が上って」


「樹ちゃん、助けられなくてごめん。だけど、俺もハルや渚と同じだよ」


「ごめん ハル、真琴」


上から降ってくる声に何度も頭を振った。俯いていた顔を上げれば視界に、手を伸ばす遙と真琴が映る。目に溜まっていた涙を手で何度も擦って、二人の手を取れば遙と真琴の腕に閉じ込められる。



「頼むから…無茶はするなっ」

「樹ちゃんが無事で、本当によかった」




“あたたかい心に触れて”



遙も真琴も身体は冷え切っていたが、樹は包まれた体温によって、やっと落ちつくことが出来た。また、二人も同じだった。



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