「怜っ!!…っぶ、…しっかりしてっ」
近づこうとしても波が邪魔をして、そう簡単にはいかない。
顔を水面にだし、怜へと声を掛ける。慌てないこと。水面に顔を出す。呼吸確保。頭にある知識をフル回転させる。
押し寄せた波が引いたと同時に、一気に怜との距離を詰めた。後ろへと回り込み、両脇に腕を通す。仰向けの態勢を作ることで、呼吸を確保するためだ。
本来は顎へと回したいところだが、怜が手足をバタつかせ、もがくのでそれが出来ない。男女の体格差を痛感してしまう。
「怜、冷静になって大丈夫だから!」
「っぶはぁ……っ、樹せっ…んぱい」
怒鳴るように叫べば、怜の冷静さが戻ったようで耳を傾けてくれる。それと同時、樹と怜の耳に真琴の叫ぶ声が届いた。
「――――怜っ!!」
真琴の声に、解けそうになった腕の力を強めた。大丈夫だ。絶対に、大丈夫。
「真琴、早くっ!!」
「どうして!樹ちゃんが………」
「……っ、真琴…せんぱい?」
怜の身体で見えていなかったようで、樹の声で真琴が固まってしまう。過去の出来事が真琴の脳裏を掠める。
「ぶはっ…まこ、と…真琴!?」
押し寄せる波に、引っ張られ流されないように怜の身体を支える。怜は体力を消耗してしまっていて、樹の手を借りて浮いているようなものだった。
目の前にいる真琴は浮かんではいるが、いつ波にのまれてもおかしくない。だが、この状況では何も出来ない。樹には、叫ぶように声を上げることしか出来なかった。
「お願い、誰か!ハル、渚ぁ!!」
「――イツキちゃん!大丈夫だから!」
声が通るように顔を上に向けて叫べば、待ち望んでいた助けが樹へと訪れる。浜辺から駆け付けた渚が、水面から顔を出し距離を詰めようとしていた。
「渚っ!真琴が……」
「大丈夫、ハルちゃんが今…うそっ!?」
渚の目には、怜と樹の後ろから押し寄せる大波が映っていた―――――……‥
「―――…大丈夫?イツキちゃん、レイちゃん」
運よくどこかの砂浜へと流され、難を逃れることが出来ていた。重い瞼を開けば、視界に映るのは覗きこむ渚の顔だ。横を向けば、手を着いて肩で息をする怜の姿があった。
自分の呼吸は安定している。体も無事だ。意識がはっきりしていけば、真琴がいないことに気がつく。
「渚!真琴は、真琴は無事!?」
上体を起こし辺りを見渡すが、真琴の姿がない。あのまま波に、のまれてしまったんじゃないかと考えてしまう。
「どうしよう、真琴が真琴がっ」
「イツキちゃん、落ちついて!マコちゃんならハルちゃんが一緒だから絶対に大丈夫だよ」
「え、ハルが……」
そうだ、波にのまれる前に渚がハルちゃんが今――っと言っていたのを思い出す。ハルが一緒ならあの二人は無事だ。そう思える自信が、樹にはあった。
「僕、ビート板も流されていないか見てくるからレイちゃんと一緒にあそこにいて」
渚の言った周りの草木によって雨から凌げる場所へと、樹は怜に肩を貸しながら歩けば、頭の上からすいませんと小さな声が降ってくる。
「いいんだよ、怜くんが無事でよかった」
太い流木に腰を下ろし、怜は肩を落とす。やっと落ちついたのだろう。渚も流れ着いていたビート板を見つけ、怜へと渡した。
「レイちゃん、大丈夫?」
「はい、本当にすみませんでした。僕のせいで皆さんに」
「いいって、そういうのはあとあと。ね!イツキちゃん」
「そうだよ。怜くんの悪いところは、考え過ぎるとこだね」
「イツキちゃんも、たまにはいいことを言うね」
その言葉に“たまには”は余計だと言い返せば、いつものように渚はえへへと笑う。
「よし、二人を捜しにいこうか?」
渚の投げ掛けに、怜が言葉を詰らせてしまう。俯いたままの怜へと渚と樹が声を掛ける。
「大丈夫だよ、あの二人なら」
「うん。私もハルと真琴なら大丈夫だって、言い切れるよ」
「でも、真琴先輩が助けに来てくれたのは分かったんですが……なんだか、いつもの真琴先輩じゃなかったような」
怜は先ほどまでことを思い出していた。表情が固く、青ざめていくようなそんな真琴を。
「きっと、真琴が固まってしまった原因の半分は私のせいだと思う……」
“その原因は”
思い掛けない言葉に、渚と怜は返すことが出来なかった。
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