「江!ひとりじゃ、危ないからついて行くよ!」
「先輩!大丈夫ですよ、宿そこなんで」
「いいのいいの、残るよりも江といた方が私的に良いしにね」

可愛い女の子を一人で行かすものでもないでしょ?と樹は笑う。
調味料を忘れてしまったと告げた天方先生の言葉に、江が宿で借りてきますと言ったので手を挙げて樹も名乗り出ることにした。
江は待たすのも悪いですからと走り始めるが、お店から出てきた人とぶつかりそうになってしまう。

「江!大丈夫?」
「あ、はい……えっと、樹先輩っ」

ぶつかりそうになってから動こうとしない江へと声を掛ければ、目の前には鮫柄水泳部の似鳥くんと凛がいた。

「あ!江、凛と話してくるなら私は宿に戻って調味料借りてくるよ!」

なんでここにいるんだっというような凛の顔つきに、樹はこの場から立ち去ろうとするが、江ともども一緒にちょっと来いと告げられてしまう。

公園のベンチに江と樹を座らせ、問い詰めるように凛は口にする。江に、また謀ったなと。だが、江は違うという。


「何が、違げぇんだ。ハルたちも来てんだろ」
「それは、そうだけど。でも、それはホント偶然!たまたま私たちも合宿で」
「合宿?プールは俺たちが使ってるのにどこで泳いでんだよ」
「海で」
「…大丈夫なのか、真琴は?」


その言葉にベンチの端に座っていた 樹の肩が小さく揺れた。
真ん中に座っていた江は凛に顔を向けていたので、そのことには気付かない。凛もまた、顔を逸らしていたので気付いてはいなかった。

「いや、なんでもねえ。樹、お前はさっきから何も言わねえけど…お前も大丈夫なのか?」
「え?兄妹水入らずの会話に挟まっちゃいけないと思って、黙っていたんだって」
「んなことは、いいから。お前?海に来ても大丈夫なのかよ。泳げねえんだろ」
「お兄ちゃんも知ってるの?樹先輩のこと」
「あぁ、この間…樹に聞いた」


江と凛の間に、重い空気が流れそうになれば樹は二人の前に立ち両手を広げ、そんなに深刻な顔にならないでよと笑顔を見せる。


「あの時は、泳げないって言ったけど、多分 泳げるとは思うんだよ。泳ぐまでの一歩が怖いだけで、そこまで深刻な問題でもないんだって!

さ、江!そろそろ戻らないとハルたちお腹空かしてるよ」

「あ、そうですよね」

「チッ……、お前らどこに泊まってんだ?送ってってやる」


宿まで送ると言った凛は、合宿メニューはこなせてるのかと口にし江は隣で嬉しそうに笑っていた。その二人の背中を見つつ、樹も一緒に宿へと向かった。



「鯖&ホッケ」
「鯖&パイナップル」


渚の手にあるのはワンホールピザの上に鯖とホッケをぶつ切りにしたのを、円を描くように置いたもの。遙の手にあるのは、大胆にも鯖の上に缶詰のパイナップルを一枚乗せたピザだった。

「うぇえええっ!!」

二人のピザを目の前にして、江は声を上げ、天方先生がピザにパイナップルだけは許せないと口にした。嫌いなものの論議を江と天方先生がするなか、炊飯場の端にいる怜に樹が声を掛けた。


「怜くん、あまり食欲ない?食べないと明日に響くよ」


怜はピザを手にしていたが、口に入れようとはしていなかった。
やはり練習のことが気になっているんだろう。言おうかどうか迷っていれば、真琴も同様に気にかけ声を掛ける。

「怜、練習メニューのことなら気にしなくてもいいから。ゆっくり上達していけばいいから」

真琴は怜に優しく笑い掛ける。みんなでこうやって練習したり、合宿したりすることが嬉しいと。

「もちろん記録も重要だけど、やっぱりこんな風にみんなと泳げることが嬉しいんだ」
「はいっ」
「あと、樹ちゃんもだからね」

怜の隣で、真琴の言葉を嬉しそうに聞いていた樹へと視線を移し、真琴は笑った。

その顔に私はコクンと頷く。泳ぎたいと思えたから、また向き合おうと思ったのだ。

野外炊飯場の後片付けを終え、遙たちはテント2つに眠るペアを決める。楽しそうな光景に掠めるのはスイミングクラブでの思い出だった。
そろそろ戻りましょうと告げた天方先生の声によって、樹と江は宿へと戻った。
不安顔でいた怜だったが、真琴の言葉を聞いて少し元に戻っていたので大丈夫だろうと樹は思いながら。


(問題は、自分―――…‥)


一度横になっていた布団を半分に折りたたみ、宿の浴衣から私服に着替え、壁に掛けていたパーカーを羽織った。

「ん、先輩 どこに……?」
「ごめん、江!起こしちゃったか」

そのまま、ドアへと向かおうとすれば後ろから声を掛けられる。掠れた声で、江は目を擦りながら問い掛けた。天方先生は眠っているので、起こさないように小声で話す。

「海に行きたくて」
「え、でも今からじゃ危ないんじゃ!?」
「大丈夫。夜の海は危ないから、絶対泳いだりはしないよ。ただ触れたいんだ、海の水に。すぐ帰ってくるから」

止めても無駄というように、樹はドアノブに手を伸ばそうとする。

「分かりました。気を付けてくださいね!」
「ありがとう。江、おやすみ」

ゆっくりドアを回し、部屋を出れば江もおやすみなさいと口にし、欠伸を一つして布団へと戻っていった。
宿から出てみれば雲の流れが意外にも早く、これは早めに戻った方が良さそうだなと思いつつ樹は海へと向かった。
プールの水に触れることは、まだ出来ないが海なら大丈夫だろうと思い、触れてみたかったのだ。

夜の海といっても、灯台からの光りや漁港際からの光りでそこまでは暗くはなかった。そして、遙と真琴たちのテントから足あとが海へと続いていることに気付く。
目を凝らして、海へと見つめれば怜がビート板を使って泳いでいたのだ。


「怜くんっっ!!早く、上がって!!夜は危険だからっ!!」

「えっ!?…樹先輩!大丈夫です。少しコツが掴めた気がするんです」


片手を上げて怜は樹へと返事を返すが、急に荒れ出した波に手を滑らしてしまう。

「怜くん!?」

急激な雨も降り出し、波が激しくなる。大波に呑まれそうになり怜はもがく。


「………助けって、…ぶはっ……」

「怜!とにかく、落ちついて!誰かっ!ハル、真琴、渚ぁ!!」


テントの中にいる遙、真琴、渚の名を大声で呼ぶが波の音や豪雨により、掻き消されてしまっているようで届かない。

「……っ、」

本来なら人を呼びに行くのが賢明だが、怜が今にも波に呑まれそうで 自分が背を向けて呼びに行っている間に、もしもの事が起きたら、と嫌なことが頭に過ってしまい鼓動を早くさせる。
なぜ自分は、携帯を持って来なかったかと心底後悔をするが迷っている暇はなかった。

―――服を着たまま泳ぐことは危険なことだと、分かっている。

樹は短パンであったのがせめての救いだと思い、上に着ていたパーカーを脱ぎ捨てタンクトップの裾を固く結んだ。服が水を吸って重みを感じることを少しでも防ぐためにだ。
大きく息を吸い込み、肺へと空気を入れ樹は飛び込んだ。

―――迷いはなかった。トラウマで怜を助けられなかったら、一生自分が後悔すると頭の中で繰り返して。


(大丈夫――いけるっ!)


“感情に負けない”



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