「ハル!はい、タオル!」
「樹、ありがとう」
「いいえ、いいえ。あ、怜くんアレにしたんだね」


プールサイドにいる遙に吸水力抜群なスイムタオルを渡せば、怜が颯爽とスタート台に立ったことに気付く。青ラインが入った、踝丈の競泳水着を着こなし度付きゴーグルとキャップを装着している。
怜の姿にプールの水に足を浸けていた真琴と渚、そしてその側にいた江が声を上げた。

「一流選手のような風格だな」
「本当に、泳げちゃうんじゃないかな?」
「うん!いけるかも」

入水角度は完璧に怜は飛び込むが、体は浮かばない、浮かんでこない。息を求めて、水面から顔を出す。

「ハルはさ、私に教えてくれたよね。重力を感じることなく上を見れる方法」
「……ああ」
「怜くんは、空をあんなにも気持ちよさそうに飛べたのに……水の中だと苦しんでいるよ」

真琴に誘われて遙が行き始めたスイミングスクールを、遙が樹を誘った。上を見ることは簡単だと教えてくれたのだ。重力が嫌いなら浮かべばいいと。懐かしい思い出話だ。
樹からの言葉を聞いたと同時に、遙はプールへと飛び込み怜の元へと泳いだ。

「俺が、教えてやる。泳げるようになりたいんだろ」
「っ、……よ!、よろしくお願いします」
「ただし、俺はフリーしか教えない」
「あ!はいっ」

遙の申し出に深く頭を下げれば、自分はクロールしか教えないと告げた。だが、怜はあの泳ぎの遙から教えられることに、嬉しく思い声を大きく頷いた。

「ハルが、人に教えるなんて」
「真打ち登場!って感じだね!」

吃驚しながらも真琴と渚は喜び、遙のマンツーマンの教えが始まった。腕の角度から息継ぎの仕方を怜は教わり、一通りのことを教われれば空が夕焼け色へと変わり始めていた。

「教えられることはこれで全部だ。あとはお前次第、自分を信じてやってみろ」
「はいっ!!」

大きく息を吸って両足で壁を蹴って腕を伸ばす、流線の姿勢を取る。手の掻き方も、足の蹴り方も出来ているのに水面の中を進むだけで浮かばない。
見守っていた皆が絶望的な目になったとき、息が続かなくなり、水面から怜は顔を出した。ぶふっと息を吐き出し、大きく吸って声を大にする。


「なぜなんだぁーーーーあ!!!!」


その声は、グランドまで響いていただろう。

「“天才とは1パーセントのひらめきと、99パーセントの努力”」

怜の泳げない結果に皆が黙り込んでしまう。その沈黙の中、ベンチに座っていた天方先生が、日傘を手にしてプールサイドにいる真琴たちにの側に寄れば偉人の言葉を告げた。

「エジソンの名言?」
「努力に勝る天才は無しってことですね」
「やっぱり、地道に練習するしかないのかな」

その言葉を理解して、江が努力は必要であると考え、渚が溜め息まじりに呟いた。

「だが、しかしこのエジソンの名言は“1パーセントのひらめきがなければいくら努力しても無駄”っていう意味もあるのよね」
「努力全否定ーーーー!!?」

にっこり笑って告げた天方先生の説明に、江が叫べば、フェンスに寄り掛かっていた樹が口にを開く。

「でも、あまちゃん先生。“成功の99パーセントは、いままでの失敗の上に築かれる”っていう名言があるを知ってますか?」
「朝日奈さん、それは“失敗は、うまくいくための練習だと考えているんだ”と、伝えたチャールズの言葉ね」
「そうですよ、先生。うまくいかない方法を一通りこなせば、うまくいく方法も見つかるかも知れません」

つまり、試せばいいということだ。試して試してうまくいく方法を探せばいい。だが、怜の落ち込みようは酷かった。
プールから上がった怜は、ずっとプールサイドの端、フェンスに向かって膝を抱えるように座っていた。ハルジオンの花の周りを飛ぶ紋白蝶を眺めるように。

「怜くん、隣いい?」
「……樹先輩」
「蝶は、自由に飛ぶよねっ。でもさ、自由でもないんだってね。自分の役割を果たすために飛んでいるんだよ」

隣に座って告げた、樹の言葉が理解できないでいれば近付いて来る足音に目を向けた。遙が座り込む怜に、もう好きにしろと告げる。

「どういう意味ですか?」
「泳ごうと思うな。飛べばいい」
「意味がわかりません」
「心で飛べ」
「もっと意味がわかりません」
「感覚で――」
「そういう抽象的な言い回しはやめてください。どうすれば遙先輩のように、あんな風に自由に泳げるんですか?僕は悔しい、なぜ自分にはそれが出来ないのか」

怜の言葉に遙は、駐車場裏で凛が告げていた“前に進めない”という、そのときのことが脳裏を掠めた。

「俺は自由じゃない」

自由じゃないと言った遙の胸骨の位置に蝶が飛んで止まったのを見て、怜は何かに気付いたらしい。

(……ハル、)

樹は昔、感じたことを思い出していた。遙は泳ぐことやフリーが別に好きということではない、ただ水を感じることが好きであることを。
そんな遙が、今ぶつかっている。凛のことでだ。今も、好きではないんだろうか。そんなことを思いつつ、二人の邪魔をしないようにそっと、その場所を離れた。



“思うがままに”




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