「樹ちゃん!っ、あのさ……‥今日、俺がバックを教えるんだけど、大丈夫?嫌じゃない?」
今日も部活だ。そんなことを思いながら、樹がプールへと向かおうとすれば階段で真琴が待っていたようで、声を掛けられる。
怜が背泳ぎの練習をして、もし沈んでいくのを見て思い出したりしないか、大丈夫なのかと言いたいんだろう。本当に心配性だな。と心の中で思った。
「大丈夫、嫌じゃないよ。嫌だったら、休んでるから」
江が作ってきた目標の紙を一枚破けば、そこには“あと六日間!”と書かれてあった。この期間は怜の特訓がメインだ。真琴が先程言っていたように、渚のブレがダメだったので今日はバックの練習だ。
「バックなら顔を水に着けずに泳げるから、水に恐怖心がある人でも抵抗は少ないと思う」
「僕は水に、恐怖心はありません」
「ゆっくりでいいよ」
怜の腕を真琴が掴み、そのままゆっくりと真琴が後ろへと下がっていく。浮くことは出来るので、手を離してみるがやっぱり怜はそのまま沈んでいってしまった。
「樹先輩っ、何か良い案はないんですか?」
「そうだなぁー、なんかここまで出かかっているんだけど…」
雲行きの悪さに、江は樹へと何かないかと口にする。喉に突っかかっていることを言えば、江は私の体を揺さぶってきたので少し酔いそうになった。
デッキチェアに座る天方先生にもアドバイスを求めていたが、結局は出ることはなかった。急に求められても、さすがに難しいものだ。
――“あと五日間!!”だというのに、天気は生憎の雨。もちろんだが、プールでの練習は出来ない。
「えー、これよりなぜ レイちゃんが泳げないのか?を、皆で考える会を始めたいと思います!意見のあるひとーーっ」
練習は出来ないが、今日は遙の家の居間にて怜を囲んで話し合うことになった。テーブルの上には、意見を書く紙が置いてあり 樹の正面にはテーブルを挟んで怜が正座をしていた。
「水に嫌われてる」
「レイちゃん、可哀想ーーっ」
「んなわけ、無いだろ!」
一番に名乗り出たのは遙だった。だが、遙の基本は水基準になってしまうため、どうして泳げないのかとは関係ない。渚が哀れみの目で見つめれば、真琴に違うだろうと突っ込まれる。
「運動神経鈍いとか!」
「江、それだと陸上部にいた理由が…」
「そうだよ、レイちゃん走るの速いよ。テストの点数もいいし」
そこから、別の話題へと逸れていく。頭もいいのかと言った 真琴に続けるように、鯖が好きなのかと遙が興味を見せる。
確かに、DHAを多く含んだ青魚を食べると頭が良くなるとは言われているが、話の論点から外れてしまっている。
「わかった!頭が重いんだ!」
樹は、力み過ぎじゃないのかと思ったが、水の中で自分が接している訳でもないので言わないでいた。きっと力んでいれば真琴や渚が分かるはずだからと。
渚や江の言葉によって、我慢の限界が来たのか、怜がテーブルをバンッと叩き 立ち上がる。
「もういいです!!そもそも、皆さんの教え方が悪いんです。ちゃんとしたコーチがいれば僕だって――っ!!」
「コーチ?…はっ!コーチといえば!」
「あ!っ、そうだよ 真琴!ねえ、ピザ頼んで届けに来てもらおうよ」
二人が思い出したのはついこの間、真琴と樹が会った スイミングスクール時にお世話になった笹部コーチのことだ。
「はぁー、カナヅチの面倒を見ろってのか?元コーチの俺に」
テーブルには温かいピザがあり、それを皆が食すために手に取る。怜には私が座っていた場所に移動してもらい、私は真琴の隣へと移動した。
「意義あり、僕は少なくとも浮くので、カナヅチではありません!例えるなら、そう!潜水艦だ」
「ねえ、ゴローちゃん……もぐっ、なんとか泳げるように……もぐっ、…してほしいんだ」
「食うか、喋るか、どっちかにしろ!!」
泳げるようになって貰いたいのは切実なことなのだが、渚は両手に持ったピザを片方を食べては喋って、もう片方を食べて喋ることをしているので事の重大性を伝えきれていない。
「俺は忙しいんだよ。それぐらい、お前らが教えてやれ!樹を教えたお前らなら容易いだろうが!…‥んじゃーーぁな」
「ダメかっ……」
立ち上がり、去ってしまった笹部コーチの姿に真琴はポツリと呟いていた。
「確かに、私は教えて貰って泳げたんだけど…‥なぁーっ」
チラッと横に居る怜を見つつ樹が小声で告げれば、うぅっと言うように怜は息を呑んでいた。
“理論に拘るからいけない”
頭の中で組み立てるんじゃなくて、感じればいいのに。
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