「なるほど。あ、これは人の名前ですか?」


怜が再び質問というように、紙に二重丸で囲まれている“Med,R”と書かれている文字を、指で差す。

「メドレーリレーを名前って…‥っく」
「あははは、樹ちゃん、笑っちゃダメだって」
「いやいや、真琴も笑ってるから」
「ごめん、ごめん!メドレーリレーは、バック、ブレ、バッタ、フリーの順番で四人が同じ距離ずつリレー形式で泳ぐんだ」

真琴の言葉を繰り返すように、怜がバック、ブレ、バッタと口にするが、その顔は少し小難しそうな表情になる。

「Ba(バック)は背泳ぎ、Br(ブレ)は平泳ぎ、Bu(バッタ)はバタフライのことで…」
「そしてFr(フリー)は、クロールのことですね」

眼鏡の位置を指の平で直して“Free Style”のことは、それは知っていますと告げるように胸を張った。だけど、少し違う。

「怜くん、厳密にいえばFr(フリー)は自由形だよ」
「そうなんだ。つまり何を泳いでもいいってことなんだ、一般的にクロールが速いからそれ以外で泳ぐ選手がいないんだ」
「たまに、Bu(バッタ)で泳ぐ選手もいるけどね」
「あ、こら!渚、いきなり吃驚するじゃん!」

手にしていたトレーニングメニューの用紙を、下から現れた渚が樹から奪い取って、にこっと笑いながらしゃがみ込む。バタフライで?と怜が聞き返せば、渚はうんと告げた。

「それよりゴウちゃん、この練習メニューすごいね。ゴウちゃんがひとりで考えたの?」
「だから!ゴウじゃなくって…もういいや。家の掃除をしていたら出てきたの、昔お兄ちゃんがやっていたメニュー」
「へえ、凛がかぁー。でも、納得かな」

念入りに柔軟体操を行ないつつ、怜は頭の中で知識という理論を叩きこんだものを繰り返し呟いていた。
ひと泳ぎし終えた遙が、トレーニングメニューの用紙を眺めれば、江が兄の昔のメニューがそんなに気になるかと口にする。遙は否定的な言葉を告げてしてしまう。

「別に、実際全部やったとは限らない」

手にしていた用紙を、江へと返せば また遙はゴーグルを嵌め キャップを被り 再び飛び込んでいった。


「あー言っても、ハルもわかってるよ。凛が全部やっていたことぐらい。だから、余計に気になるというか」

「樹先輩!やっぱ、気にしてますよね」


遙の泳ぎを眺める江に、声を掛ければ そのまま嬉しそうに江も樹へと返事を返した。

(気になるから、影響もされる)

樹は、昔のことを思い出す。凛に影響されるようにスイミングクラブまでの道のりを走り始めた遙や真琴、渚のことを。


「レイちゃん!まだ、ストレッチしてたのー?」


渚の一声で、念には念を入れているだけと告げた怜に、真琴は最初は無理しなくてもいいと言う。だが、怜は理論は完ぺきに押さえたといい、この前のような醜態はしないと。
スタート台からグラブスタートで飛び込んで見せるが、伸びきった状態からお腹から落ちてしまう。豪快な水飛沫が上がる。
なぜだか分からないが、浮かんではこない。水の中で足を細かくバタつかせ、息を求めるように顔を出した。

「樹ちゃん、平気?」
「平気、平気。逆に、こっちが怖いって。心配しすぎな真琴がハゲたりしないか」
「…それって、酷くない」

真琴は、浮かんでこない怜を見て昔の自分を思い出すのではないかと、気にして 後ろで見めていた私に声を掛けてくる。そんな心配性な真琴に大丈夫だよと笑って見せた。
きっと怜の今の状況を見ても、合同練習のときのようなことにならなかったのは、怜がカナヅチであることを知って自分自身の中で理解できたからだ。


「それじゃあ、まずダルマ浮きからやってみようか」


まずは、怜の泳ぎの練習から始まった。怜のために、真琴と渚がついてダルマ浮き、水中で体育座りの姿勢をしながら浮くことを教えているようだ。
それをフェンスに寄り掛かり 樹が眺め、プールサイドにて江も同じように眺めていた。そこへ、遙が壁面に手を着いて顔を出す。

「遙先輩って、何のために泳いでいるんですか?」
「別に、理由なんかない」
「お兄ちゃんはオリンピックの選手になるのが夢なんです。その為に、オーストラリアに留学までをして…」
「俺には関係ない。それに夢は夢だ」
「そうかも知れません。でも遙先輩たちと一緒なら、その夢に少しでも近付くことが出来ると思うんです。あの時のリレーみたいに」

江の言うことは、合っていると 樹は思っていた。夢であっても、遙たちが一緒なら近付けられる 樹自身の夢にも。



“響き合う水と音”



樹の寄り掛かるフェンスが、カシャンと音をたて小さく揺れていた。



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