「ハールー、早く用意しないと学校遅刻するよ」
今日から制服が衣替えとなる。さすがに、2年目になれば、ドット柄が可愛らしすぎるリボンにも少しは慣れた。
制服に着替え終わって、一緒に登校をする遙を樹が居間で待っていたが階段を下りてくる気配がない。仕方なく部屋のドアを開ければ、ベットに並べられた水着の目の前で悩む遙がそこにいた。
「うーん、……ないっ」
水着に悩む遙に付き合っていても、キリが無いだろうと判断した樹は先に出ることを決める。外で待っている真琴と一緒に待てばいいと思ったからだ。
石段では真琴が嬉しそうに、猫じゃらしを持って白い子猫と遊んでいた。
「真琴、おはよう」
「ん?おはよ、樹ちゃ――!?っ」
座っている真琴に声を掛けるが、そのまま顔を逸らされてしまう。口元に手を当て、頬の色が少し染まっていた。
「どうかしたの?真琴」
「樹ちゃん、もう少し危機感を…」
「あ、ハル!やっと、来たー」
自分の座っている位置から見えてしまったことは言えないが、せめて危機感を持って欲しく告げようとしたが最後まで告げられなかった。
樹本人が何事もない顔で石段を下りて、出てきた遙に声を掛けたので、同じことがあればその次に言えばいいと真琴は決めた。
「おはよう、ハル!いよいよ今日からだね。樹ちゃんも、よろしくね」
長い授業から解放され、いつもならそのまま遙や真琴たちと靴へ履き替えたあとは校門へと向かうが、今日からは違う。
これからは、学校の一角にあるプールへと向かうことになる。本格的に活動開始だ。
「はい!それでは、部員も正式に四人揃い、気候も温かくなったこともありまして 本日からいよいよプールでのトレーニングを始めたいと思います」
気合いの入った江が、遙たち四人の前に立ち、一枚の紙を差し出しながら告げる。だが 江の話は聞かず横を通り過ぎるように、そのままプールへと風を切る様に、遙は飛び込んでしまう。
「ちょとー!!人の話、聞いてください、遙先輩!!遙先輩ってばーーー!!」
泳ぎ始めてしまった遙に向かって江は叫ぶが、そう簡単に止まることはない。江が手放してしまった紙を、後ろにいた 樹が拾えば、それを横から怜が覗くように書いてある文字を質問する。
「これは、数式か何かですか?」
紙に書かれているのは“W-up 500 choice”や“K-b”“Pull”といったトレーニングメニューの内容だった。その紙を持っている樹を挟むように、真琴も怜と同じように覗いてきた。
「どれ?」
「これは?」
「えっとね……W-up(ウォーミングアップ)は分かるよね?K-b(これ)は、ビート板を使ったキック練習。Pull(プル)はプルブイを使って腕だけで泳ぐ練習」
K-b(キックボード)は、または OB(オンボード)とも言われている水泳に関する基本用語だ。
「…‥コホンッ!!お二人さん、人の存在を忘れたかのように、私を挟んで話をするのを止めてもらえますか」
「うわぁああ!ごめん、樹ちゃん!」
結構な至近距離にいたことに気付いた真琴が数歩、下がれば 樹がふうっと息を吐いた。
先程までの状況が、自分でなく 江であったら喜んでいたのかも知れないとそんなことを考えていたら、怜がこれは?と指で差して質問をする。
「ああ、それは、choice(チョイス)はどの種目でもよいってことで、Swim(スイム)は普通に泳ぐことだね」
「樹先輩は、詳しいんですね」
「そりゃあ、遙や真琴たちとは幼馴染みで一緒に泳いでいたからね」
怜に向かって、ニッと笑うように樹が告げれば、その姿を嬉しそうに真琴は見つめていた。
“今日から開始”
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